年次有給休暇に対しては、そもそもあまりよく思っていなかったり、苦手意識を持っている会社経営者や人事労務の担当者の方は少なくないでしょう。
確かに年次有給休暇は小さな会社ほど取得時の会社側の負担が大きいですし、制度も複雑。
さらに、最近では「年5日の取得」が会社の義務として課せられたため、法律に則った運用が企業には求められるという、ある意味、会社の頭痛の種ともいえる制度です。
この記事ではそんな年次有給休暇を理解しやすくするため、まずは「年次有給休暇の付与」に絞って、条文の規定方法やその制度を解説していきます。
この記事の目次
1. 「年次有給休暇」とは
年次有給休暇とは、その名称の通り「有給」で休むことができる休暇です。
本来、賃金の原則はノーワーク・ノーペイですが、労働者が年次有給休暇を取得する場合、賃金が減額されることなく休暇を取ることが可能です。
2. 法令から見た「年次有給休暇の付与」のポイント
2.1. 年次有給休暇の付与と取得
年次有給休暇には法律上の様々な決まり事があるため、制度全体で見ると非常に複雑な制度のように思えます。
しかし、実は、基本的な部分だけでみれば、そこまで難しいものではなく、意外とシンプルな制度です。
というのも年次有給休暇というのは、会社が労働者に年次有給休暇を「付与」して、それを労働者が「取得(使う)」するだけの制度だからです。
ただ、この「付与」と「取得」に関して様々なルールがあります。勤続年数に応じた付与日数や出勤率、年5日の取得義務などがそれです。
こうした年次有給休暇の「付与」と「取得」にまつわる様々なルールが年次有給休暇という制度を非常に複雑にしているわけです。
2.2. 年次有給休暇の「付与」に関わるルール
年次有給休暇の「付与」と「取得」のうち、「付与」については、以下のようなルールがあります。
まず、一定の条件を満たす労働者に対して、会社は必ず年次有給休暇を付与しなければなりません。会社の裁量で与えないということはできないわけです(付与の条件)。
また、付与する日数についても法律で定めがあり、法律で定められた日数を下回る付与は認められません(付与日数)。
一方で、付与した年次有給休暇には時効があり、時効により消滅した年次有給休暇の取得まで会社が認める義務はありません(時効)。
これら3つのルールについて、以下、もう少し掘り下げてみていきましょう。
付与の条件
会社は勤続年数が6か月を超えるものに対して、年次有給休暇を付与しなければなりません。
また、最初の6か月以降は、勤続年数が1年経過するごとに年次有給休暇を付与する必要があります。
一方で、勤続年数の条件を満たす労働者であっても、付与日の直前1年間(初回の付与については6か月間)における所定労働日の出勤率が8割以上ないものに対しては、年次有給休暇を付与する必要はありません。
ただし、出勤率8割以上という要件を満たさない労働者への付与が禁止されているわけではないので、会社の裁量で付与すること自体は可能です。
出勤率については、他にも注意すべき点があること、別途規定を設けた方が規定がすっきりするなどの理由もあり、以下の記事で、より詳しく解説しています。
「付与日数」
付与日数は勤続年数に応じて、以下のように変化します。
勤続年数 | 6か月 | 1年6か月 | 2年6か月 | 3年6か月 | 4年6か月 | 5年6か | 6年6か月以上 |
付与日数 | 10日 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日 |
なお、所定労働日数が通常の労働者よりも少ないものについては、所定労働日数に応じた比例付与が認められています。
年次有給休暇が付与される、入社から6か月が経った日とは?
最初の年次有給休暇が付与されるのは、入社から6か月が経過した日となります。
6か月が経過した日、なので、入社からちょうど6か月が経った日ではなく、入社からちょうど6か月となる日の翌日が付与日となります。
つまり、例えば、4月1日入社の人の場合、入社からちょうど6か月が経過する9月30日ではなく、その翌日となる10月1日が付与日となるので間違えないように気をつけましょう。
年次有給休暇の時効
労働者に付与した年次有給休暇は、付与日から2年を超えても取得がなされない場合、取得の権利が消滅します。
3. 「年次有給休暇の付与」条文作成のポイント
3.1. 年次有給休暇規定の分割
上記で述べたように、年次有給休暇という制度はつまるところ「付与」と「取得」に集約されます。
そのため、弊サイトの規定例では「付与」に関連する「年次有給休暇の付与」と「出勤率」、「取得」に関連する「年次有給休暇の取得」と「年次有給休暇の時季指定」の合計4つの規定に分割しました。
もちろん、これは一例ですので、この通りにする必要はありません。
実際、他の規定例は、上で分けた4つを全て一つの条文にまとめていたり、もっと細かく分割する規定例も見られます。
条文例の作成者としては、これぐらいがちょうどいい塩梅だと思って分割しましたが、これだとわかりづらい、イメージしづらい、ピンとこない等々の場合は、他の規定例を見てみるのも良いでしょう。
参考:年次有給休暇関連の条文作成のポイントと規定例
就業規則の「年次有給休暇の付与」条文の作成のポイントと規定例
就業規則の「出勤率(年次有給休暇)」条文の作成のポイントと規定例
就業規則の「年次有給休暇の取得」条文の作成のポイントと規定例
就業規則の「年次有給休暇の時季指定(年5日取得)」条文の作成のポイントと規定例
3.2. 入社日と勤続年数
年次有給休暇の付与の条件であり付与日数の計算に使う勤続年数は、入社日から数えるのが原則です。
しかし、実際の入社日から勤続年数を数える場合、特に入社日が統一されてない会社では、年次有給休暇の付与日が人によってバラバラになり、会社の年次有給休暇の管理が複雑になります。
そのため、上記の規定例では、入社月で入社日を管理する方法を取っています。
もちろん、これは規定例の一つなので、法律通り、実際の入社日を基準に勤続年数を算定したとしても問題ありません。
3.3. 斉一的付与
年次有給休暇の付与に関する管理を簡潔にするため、入社日にかかわらず付与日を統一している会社は少なくありません。
こうしたいわゆる斉一的付与を行う場合、付与日を年1回としていることが少なくありませんが、あまりおすすめできません。
最初の付与が入社日から6か月という関係上、入社時期による労働者間の不公平が大きく、特に入社から2回目までの付与に関する部分が複雑化しやすいからです。
それよりも、付与日を年2回した方が制度としてすっきりする部分が多く、労働者間の不公平も小さくなるので、将来的に斉一的付与の実施を予定しているのであればこちらの形での導入を検討すべきでしょう。
3.4. 短縮された期間の取扱い
入社日について入社月を基準にする場合、斉一的付与を行う場合、どちらの場合も、法律上、年次有給休暇の付与に必要とされる勤続年数よりも、実際の勤続年数は短くなります。
このように短縮された期間については、出勤したとみなす必要があります。
つまり、斉一的付与により実際の勤続期間は4か月の時点で最初の付与日が来た場合、実際の勤続期間の4か月の出勤率8割以上かどうかではなく、短縮された2か月分についてはすべて出勤したと仮定して、出勤率8割以上あるかどうか計算する必要があるわけです。
3.5. 年度で区切る場合
年次有給休暇の付与に関しては、付与日から次の付与日までの1年を「年度」という扱いにする場合があります。
特に斉一的付与を行う場合、こうした扱いをする会社は多いことでしょう。
こうした扱い自体は問題ありません。
ただ、年度で区切っている就業規則では、たまに年次有給休暇の時効による消滅に関して「「今年度分の付与」が行われた場合に「前々年度の付与分」は時効で消滅する」といった定めをしているものをみることがあります。
これだと、前年度や前々年度の期間が1年より短い場合、2年の時効前に年次有給休暇が消滅してしまい、法違反になってしまうので注意が必要です。
4. 就業規則「年次有給休暇の付与」の規定例
第○条(年次有給休暇の付与)
- 会社は、従業員に対し、入社日を起算日とする勤続年数に応じて、次の日数の年次有給休暇を付与する。なお、月の途中に入社した者は、その月の初日に入社したものとみなす。
勤続年数 6か月 1年6か月 2年6か月 3年6か月 4年6か月 5年6か 6年6か月以上 付与日数 10日 11日 12日 14日 16日 18日 20日 - 年次有給休暇の付与日は、入社日から起算して6か月を超えて継続勤務した日および以降1年を経過した日ごとの日とする。
- 1項の年次有給休暇の付与は、付与日の直前1年間(初回の付与については6か月間)における所定労働日の8割以上出勤した従業員に限るものとする。なお、勤続年数のみなしによって勤続年数が短縮された期間は出勤したものとみなす。
- 年次有給休暇の有効期間は付与日から2年間とする。
5. 規定の変更例
5.1. 入社日により個別管理している場合
第○条(年次有給休暇の付与)
- 会社は、従業員に対し、入社日を起算日とする勤続年数に応じて、次の日数の年次有給休暇を付与する。
勤続年数 6か月 1年6か月 2年6か月 3年6か月 4年6か月 5年6か 6年6か月以上 付与日数 10日 11日 12日 14日 16日 18日 20日 - 年次有給休暇の付与日は、入社日から起算して6か月を超えて継続勤務した日および以降1年を経過した日ごとの日とする。
- 1項の年次有給休暇の付与は、付与日の直前1年間(初回の付与については6か月間)における所定労働日の8割以上出勤した従業員に限るものとする。
- 年次有給休暇の有効期間は付与日から2年間とする。
5.2. 付与日を付与日を4月1日と10月1日の2つ設けた上で斉一的付与を行う場合
第○条(年次有給休暇の付与)
- 会社は、従業員に対し、その勤続年数に応じて年次有給休暇を付与する。
- 年次有給休暇の付与日および、勤続年数と付与日数については、入社時期に合わせて、次の通り、扱うものとする。
① 入社日が4月1日~9月30日
付与日は10月1日とする。また、初回の付与に当たっては、入社日から9月30日までの期間を勤続6か月とみなす。以降については、勤続年数に応じて次の通り付与する。勤続年数 6か月 1年6か月 2年6か月 3年6か月 4年6か月 5年6か 6年6か月以上 付与日数 10日 11日 12日 14日 16日 18日 20日 ② 入社日が10月1日~翌年3月31日
付与日は4月1日とする。また、初回の付与に当たっては、入社日から翌年3月31日までの期間を勤続6か月とみなす。以降については、勤続年数に応じて次の通り付与する。勤続年数 6か月 1年6か月 2年6か月 3年6か月 4年6か月 5年6か 6年6か月以上 付与日数 10日 11日 12日 14日 16日 18日 20日 - 年次有給休暇の付与日は、入社日から起算して6か月を超えて継続勤務した日および以降1年を経過した日ごとの日とする。
- 1項の年次有給休暇の付与は、付与日の直前1年間(初回の付与については6か月間)における所定労働日の8割以上出勤した従業員に限るものとする。
- 年次有給休暇の有効期間は付与日から2年間とする。
6. 「もっと規定例を知りたい」「自分の会社に合った就業規則がほしい」方はこちらも!
目指したのは就業規則の参考書ではなく「英会話集」。
この本なら、多彩な規定例から会社の実態に合った規定を選ぶだけで、あなたの会社に合った就業規則が作成できます!
7. その他の就業規則作成のポイントと規定例