新しい従業員を採用することや、採用希望者を選考をすることは、会社を将来的に存続させていくためにも非常に重要なことです。
一方で、採用選考における就業規則の役割は、実は限定的です。
就業規則は、その会社に雇用されている従業員が守るものであり、まだ雇用される前の就職希望者に適用できるかは議論の余地があり、下手するとこうした規定はなくても構わないとすら考えることができるからです。
とはいえ、昨今では同一労働同一賃金において重要となる場面が増えてきており「定めをしないはない」という状況になっています。
いずれにせよ、採用選考の流れや提出書類を確認、明文化するためにも「採用選考」に関する条文は作成しておくことをお勧めします。
この記事の目次
1. 就業規則における「採用選考」条文とは
就業規則はその会社に雇用されている労働者に適用されるものです。そのため、採用前の求職者に関する規定を就業規則に定める必要は必ずしもないと考えることもできます。
また、就業規則本則で選考基準や選考方法を明確化することは、会社の動きを制限することになるので、それ単体で見れば会社の「採用の自由」の範囲を狭めることになります。
一方、同一労働同一賃金の観点で見ると、正規と非正規で異なる選考基準や選考方法を定め、実際に両者で異なる採用選考を行うことは、第三者の視点から両者を同一視しづらくなるため、重要性は高くなります。
2. 法令からみた「採用選考」のポイント
2.1. 公正な採用選考
採用選考については、企業側の自由が大きく認められています。
とはいえ、出自などの本人にはどうしようもないような事柄で差別することは許されません。
以下の事項は、厚生労働省が企業に対し公正な採用選考のため配慮が必要とされている事項です。
採用選考の規定作成、変更の際は実態だけでなく、以下の事項を確認し、自分の会社の採用選考が問題ないか確認しておきましょう。
採用選考時に配慮すべき事項
<a.本人に責任のない事項の把握>
- 本籍・出生地に関すること (注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当します)
- 家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)
- 住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近隣の施設など)
- 生活環境・家庭環境などに関すること
<b.本来自由であるべき事項(思想・信条にかかわること)の把握>
- 宗教に関すること
- 支持政党に関すること
- 人生観、生活信条などに関すること
- 尊敬する人物に関すること
- 思想に関すること
- 労働組合(加入状況や活動歴など)、学生運動などの社会運動に関すること
- 購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
<c.採用選考の方法>
- 身元調査などの実施 (注:「現住所の略図等を提出させること」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性があります)
- 本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用
- 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
3. 「採用選考」条文作成のポイント
3.1. 規定を実態に合わせる
「採用選考」の条文を作成する場合、まずは会社の実態がどうなっているかを確認する必要があります。
労務における労働法や司法の判断においては、基本的に規則や契約にどう書かれているかよりも、実態がどうなっているかの方が重視されます。
つまり、実態と異なる内容を定めてもまるで意味がないので、規定を実態に合わせる必要があるわけです。これは「採用選考」に限らず、すべての就業規則の規定にいえることです。
ただし、仮に採用選考の実態として年齢や性別、出自等で差別を行っている場合のように、実態として法違反や社会通念上問題がある場合は当然、実態を改める必要があります。
3.2. その「健康診断書」、本当に提出を求めることができる?
「規定を実態に合わせる」でいうと、採用選考のための提出書類として「健康診断書」を求める規定例は少なくありません。
健康診断書には、就職希望者の既往症や現在の体調など、雇い入れるかどうかの重要な情報が含まれるからです。
なので、実際にすでに提出させていたり、今後きちんと提出を求めるつもりなのであれば、当然定めた方がいいです。
しかし、そうではない場合まで記載する必要があるかは考えものです。
なぜなら、就業規則に実態とかけ離れた部分があると、就業規則と実際の現場のルールは違う、という認識が経営者、労働者を問わず会社内に広がります。
そして、こうした認識が拡大されると、そもそも就業規則を守ろうとする意識が会社内でなくなっていき、就業規則の効力そのものに影響を与えることになりかねないからです。
3.3. 採用選考の方法が厳密に決まっている場合
その他、上記の条文例では採用選考の「方法(書類選考および面接選考)」と、就職希望者の提出書類を一緒の条文にまとめていますが、採用選考の方法が厳密に決まっていて、条文が長文化する場合は、条文を別々に分けた方がいいでしょう。
4. 就業規則「採用選考」の規定例
第○条(採用選考)
- 会社は就職希望者に対し、書類選考および面接選考を行った上で、適正が認められる者を採用する。
- 会社は就職希望者に対し、採用選考のため、次の各号に掲げる書類を提出させる。ただし、会社が必要としない場合は、その一部を省略することができる。
① 履歴書(3か月以内の写真添付)
② 中途採用者は、職務経歴書
③ 新規卒業者は、卒業(見込)証明書および学業成績証明書または在学証明書
④ 日本国籍を持たない者については在留カードの写し等、在留資格および在留期間を証明できる書類
⑤ 各種資格証明書の写し
⑥ その他、会社が必要とする書類 - 会社は採用選考の合格者に対し、合格した旨を「内定通知書」により通知する。
- 会社は、不採用となった者から提出された2項各号の書類について、提出後6か月以内に本人に返却または消却する。
5. 規定の変更例
5.1. 健康診断書の提出を求めている場合
第○条(採用選考)
- 会社は就職希望者に対し、書類選考および面接選考を行った上で、適正が認められる者を採用する。
- 会社は就職希望者に対し、採用選考のため、次の各号に掲げる書類を提出させる。ただし、会社が必要としない場合は、その一部を省略することができる。
① 履歴書(3か月以内の写真添付)
② 中途採用者は、職務経歴書
③ 新規卒業者は、卒業(見込)証明書および学業成績証明書または在学証明書
④ 健康診断書(3か月以内のものに限る)
⑤ 日本国籍を持たない者については在留カードの写し等、在留資格および在留期間を証明できる書類
⑥ 各種資格証明書の写し
⑦ その他、会社が必要とする書類 - 会社は採用選考の合格者に対し、合格した旨を「内定通知書」により通知する。
- 会社は、不採用となった者から提出された2項各号の書類について、提出後6か月以内に本人に返却または消却する。
5.2. 選考方法が明確に決まっていてそれを規則に定める場合
第○条(採用および選考方法)
- 会社は就職希望者の中から、適性が認められる者を採用する。
- 前項の適正については、以下の選考を経て、その有無を判断する。ただし、会社が認める場合、一部の手続きを省略することがある。
① 書類審査
② 筆記試験
③ 一次面接
④ 二次面接 - 会社は採用選考の合格者に対し、合格した旨を「内定通知書」により通知する。
第○条(採用選考のための提出書類)
- 会社は就職希望者に対し、前条の書類審査のため、次の各号に掲げる書類を提出させる。ただし、会社が必要としない場合、その一部を省略することができる。
① 履歴書(3か月以内の写真添付)
② 中途採用者は、職務経歴書
③ 新規卒業者は、卒業(見込)証明書および学業成績証明書または在学証明書
④ 日本国籍を持たない者については在留カードの写し等、在留資格および在留期間を証明できる書類
⑤ 各種資格証明書の写し
⑥ その他、会社が必要とする書類 - 会社は採用選考の合格者に対し、合格した旨を「内定通知書」により通知する。
- 会社は、不採用となった者から提出された2項各号の書類について、提出後6か月以内に本人に返却または消却する。
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