就業規則の大きな役割の一つは「服務規律」を定め、会社の秩序を保つためです。
そのため、就業規則において服務規律に関連する規定は非常に重要といえます。
一方で、服務規律については、法律上に定めのない部分が多く、会社の裁量が大きくなっています。
つまり、服務規律は、果たす役割が非常に大きいと同時に、会社の色の出やすい規定といえるわけです。
この記事の目次
1. 「服務規律」条文の必要性
1.1. 服務規律とは
服務規律とは、従業員が守るべきルールや義務のことをいいます。
就業規則の服務規律条文では、こうしたルールを明確化することが目的となります。
ルールに書かれていないことを違反ということはできないため、就業規則の服務規律の条文は非常に重要となります。
1.2. 服務規律条文を定めることは、法律上の義務ではない
服務規律は就業規則の絶対的必要記載事項・相対的必要記載事項ではありません。
そのため、法律上はなくても構わない条文ですが、会社の運営、秩序の維持などを考えると欠かせない規定となります。
2. 「服務規律」条文作成のポイント
2.1. 労働者の義務を明確化
就業規則の服務規律条文で明確化すべき会社のルールとは何でしょうか。
出退勤や業務中の態度など様々なことが考えられますが、それらの多くは労働者の義務に集約されます。
では、労働者の義務にはどんなものがあるのでしょうか。代表的なものは以下の通りです。
労務提供義務
労働契約を締結すると、労働者には労務を提供する義務が発生します。
ここでいう「労務の提供」とは労働契約に定められている「債務の本旨(本来の目的)」にかなうものでなければなりません。
例えば、労働契約において、その労働者の業務内容が「外回りの営業」なのにもかかわらず、これを拒否して事務作業をするというのは、きちんと労務提供をしているとはいえないわけです(水道機工事件 )。
そのため、労務提供義務には「誠実労働義務」も含まれると考えられます。
この記事の最後の規定例では、労務提供義務については職務専念義務と併せて2項に定めをおいています。
職務専念義務
労働者には就業時間中はその職務に専念する義務が発生します。
例えば、就業時間中にスマホで友達とプライベートな連絡を取ったり、職務と関係のないウェブサイトを閲覧している時間というのは、職務に専念しておらず、会社に労務を提供していないことになります。
とはいえ、就業時間のすべてを業務に集中することは難しいですし、同僚との雑談によるコミュニケーションによって職場が活性化することもあるので、どこまでを職務専念義務違反と考えるかはケースバイケースなところが大きいです。
この記事の最後の規定例の2項では、この職務専念義務について定めています。
自己保健義務
会社には労働者に対する安全配慮義務がある一方で、労働者には働く上で自己の健康管理を行う義務があるとされています。
この労働者の自己保健義務は、就業規則の規定の有無にかかわらず、労働者に課されるものですが、これを理解していない労働者も少なからずいるので、就業規則にて明確化することも検討して良いかと思います。
条文として定める場合、服務規律ではなく安全衛生関連の条文で定めることが多い労働者の義務となります。
企業秩序維持義務
会社は労働者に対し、日々、様々な指示や命令を行いますが、労働者がこうした指示や命令に背くと、企業秩序が崩れてしまいます。
そのため、労働者には企業秩序を維持する義務があり、過去の裁判例では「会社は企業秩序のもとに活動をするものなので、これに服することを会社は求めることができるほか、従わないものには懲戒処分を行うことができる。」といった趣旨の判断もなされています(国鉄札幌駅事件 最高裁三小)
ただし、どんな指示・命令であっても労働者は従わなければならないわけではなく、会社側の権利の濫用に当たるものや、労働者の権利を侵害するような指示・命令の場合はこの限りではありません。
例えば、茶髪や口ひげの禁止は労働者の持つ様々な権利を侵害することから、過去の裁判例でも違法とされたケースがあります(大阪市交通局事件ほか)。
なお、記事の最後の規定例では、この企業秩序維持を最重要と考え、服務規律条文の1項にその定めを置いています。
信用保持義務
信用保持義務とは、労働者は、会社の内外を問わず、会社の信用を傷つけるような行為をしてはならないとするものです。
会社の信用を傷つける行為としては、リベートの要求や反社会的勢力との繋がりが挙げられます。
また、近年ではSNS等への書き込み行為などにより、会社の信用が傷つけられるケースも増えています。
記事の最後の規定例では4項にこの信用保持義務を定めています。
秘密保持義務
労働者に秘密保持義務があり、自身が勤める会社の情報等を外部に漏らすことは禁止されています。
この記事の最後の規定例では、服務規律の条文に含めてはいますが、別規定や別規程に定めることも少なくありません。
また、規則に定めるだけでなく、誓約書等を取る場合もあります。
競業避止義務
競業避止義務とは、労働者が勤める会社と競合する会社への転職や、競合する会社の設立などを禁止するものです。
在職中の競業避止義務については広く認められる傾向にある一方で、退職後については短期的には認められても長期的には、労働者側の権利との関係から誓約書等があっても難しくなります。
兼業禁止義務
従来はこの兼業禁止義務もまた労働者の義務と考えられてきました。
しかし、職業選択の自由の観点や、過去の裁判例、働き方改革により、近年ではむしろ兼業を認めるべきという風潮となっています。
ただし、競業にあたるようなものや本業に差し支えのあるようなものまで認める必要はないので、このあたりは副業・兼業規定でその定めを行っておきたいところです。
2.2. 労働者の義務以外の会社のルールも定める
服務規律は労働者の義務を明確化する以外の会社のルールも当然定める必要があります。
会社の備品を大切にしたり、ミスやクレームをきちんと報告する、といったルールはどこの会社にとっても非常に重要なことでしょう。
記事の最後の規定例の5項では、上記の労働者の義務に当てはまらないような会社のルールを定めています。
なお、出退勤に関するルールなどもここに定めることは可能ですが、筆者は、別規定に定めることをお勧めしています。
2.3. 規定例を参考に取捨選択を
この記事の最後に挙げている規定例では、上で挙げた労働者の義務を踏まえて、服務規律として必要なものは一通り定めたつもりです。
ただ、会社によってはこれはいらない、と思うものもあるでしょうし、逆に追加したいと思うものもあると思います。
よって、そういった場合は必要に応じて取捨選択を行ってください。
2.4. 記載が足りない、もっと詳細を定めたいと思うものについては別規定を追加
一方で、規定例で挙げている項目の中には、会社によってはもっと詳細に定めたいと思うものもあるかと思います。
そういった場合は、別規定にて詳細を定めることもできます。
例えば、PCの使用についてより詳細に定めたい場合は「パソコン使用上の留意事項」に関する条文を、従業員のSNS使用による炎上が怖いという場合は「業務外でのSNS等の取扱い」に関する条文を別途設けるといった具合です。
3. 就業規則「服務規律」の規定例
第○条(服務規律)
- 従業員は職場環境を良好に維持するための義務を負っており、その義務の下、次の事項を守らなければならない。
① 本規則およびその他これに付随する会社の諸規程を守ること
② 服装などの身だしなみについて、常に清潔を保ち、他人に不快感や違和感を与えないようにすること
③ 職務に対する責務を怠ることをせず、また職場の風紀、秩序を乱さないこと
④ 職場の整理整頓に努め、常に清潔を保つこと
⑤ 酒気をおびて勤務しないこと
⑥ 会社施設内において、賭博その他これに類する行為を行わないこと
⑦ 他の従業員等(従業員の他、パートタイマー・アルバイト、契約社員、派遣社員等、会社の指揮命令を受けて働く者すべてをいう)の作業を妨害したり、不利益を与えたり、または職場環境を害するようなことはしないこと
⑧ 他の従業員等を教唆して、この規則に反する行為、秩序を乱す行為をしないこと - 従業員は、就業時間中は業務に専念する義務を負っており、その義務の下、次の事項を守らなければならない。
① 担当の業務および指示された業務は責任を持って完遂すること
② 就業時間中は職務に専念し、許可なく職場を離れたりしないこと
③ 就業時間中に職務に関係しないWEBサイト、SNS等へのアクセスをしないこと
④ インターネットの閲覧、電子メールの送受信は、職務以外の目的で使用しないこと
⑤ 職務に関係しない目的で、職務中に私用携帯電話で通話や電子メールの送受信を行わないこと
⑥ 就業時間内外を問わず、会社に許可なく社内において政治活動、宗教活動、その他会社の業務に関係のない放送、宣伝、集会、印刷物等の配布または掲示をしないこと - 従業員は会社の信用を失墜させることがないようにする義務を負っており、その義務の下、次の事項を守らなければならない。
① 暴力団関係者等の反社会的勢力との関わりを持ったり、そのように誤解されたりするような行為をしないこと
② 会社の従業員として常に品位を保ち、会社の名誉を害し信用を傷つけるようなことをしないこと
③ 会社の内外を問わずSNSやインターネットの掲示板等で、会社の名誉や他者を傷つけるようなこと、一般常識から逸脱したような投稿はしないこと
④ 職務上の立場を利用しての金品の借用または手数料、リベートその他の私的利益を受けないこと
⑤ 酒気を帯びて、または過労や病気等の影響で正常な判断ができないと考えられる状態で車両等の運転をしないこと - 従業員は会社の保持する秘密を守る義務を負っており、その義務の下、次の事項を守らなければならない。
① 会社内外、在籍中または退職後においても、職務上知り得た会社および取引先等の秘密について、第三者に開示、漏洩、提供または不正利用等しないこと
② 会社内外、在籍中または退職後においても、職務上知り得た同僚、取引先の人の個人情報について、第三者に開示、漏洩、提供または不正利用等しないこと
③ 会社の携帯電話、パソコン、その他情報関連機器等(以下「パソコン等」という)の私的利用はせず、また、ファイル交換ソフト等の情報管理上問題のあるソフトウェアのインストールをしないこと
④ 会社が貸与するパソコン等について紛失や破損しないよう大切に扱うこと
⑤ 会社が貸与するパソコン等について紛失や破損した場合、直ちに情報漏洩防止の対策を行うととも、会社に報告すること - 従業員は次の事項を守らなければならない。
① 業務上の必要な技術の研鑽、向上に努めること
② 住所、家族関係、経歴その他、会社に申告または届出する必要がある情報について、虚偽の申告を行わないこと。また、変更があった場合、直ちに会社に報告すること
③ 会社の車両、機械、器具、その他の備品を大切にし、原材料、燃料、その他の消耗品の節約に努め、製品および書類を丁寧に取り扱いその保管を厳にすること
④ 公私混同せず、会社の資産と私物を明確に区別し、許可なく職務以外の目的に会社の設備、車両、機械、器具その他の物品を使用しないこと
⑤ 自己の業務上の権限を越えて専断的なことを行わないこと
⑥ 業務上の失敗、ミス、クレーム等を隠さず、事実をそのまま会社に報告すること
⑦ 運転免許証その他業務上必要な免許証等は常に携帯すること
⑧ その他、会社の命令、注意、指示等に従うこと - 従業員は、前各項に準ずる事項または本章に抵触する行為のほか、会社の利益を損じる行為をしてはならない。
4. 規定の追加例
4.1. パソコン使用上の留意事項を別規定で追加する場合
第○条(パソコン使用上の留意事項)
- 従業員は、会社所有の携帯電話、パソコン、その他情報関連機器等(以下「パソコン等」という)の利用に際し、次の各号を守り適正な管理を図らなければならない。
① パソコン等を自己または会社以外の第三者の用のために使用しないこと
② 会社の業務に関係ない情報をパソコン等に登録しないこと
③ 会社から貸与されたID・パスワード等は、自己で厳重に管理をすること
④ パソコン等の利用に関し、その作業の不具合・システムの改変・不正使用・ウィルスの侵入等、またはそれらのおそれのある事実を発見したときは、直ちに所属長に報告すること
⑤ 会社の許可なく、ファイル交換ソフト等の情報管理上問題のあるソフトウェアのダウンロードおよびインストールをしないこと
⑥ 会社の許可なく、周辺機器の接続等および環境の変更を行わないこと
⑦ 会社の許可なく、私用のスマートフォン、USBメモリ、その他USB等を通じてパソコンに接続可能な周辺機器を会社のパソコン等に接続しないこと - 会社は、その必要性があると認められる場合、従業員に貸与したパソコン等に蓄積されたデータ等を閲覧、監視することができる。
- 会社所有のパソコン等に係る通信費については会社が負担する。ただし、従業員による私的利用が認められる場合は、私的利用に係る費用を請求することがある。
4.2. 業務外でのSNS等の取扱いを別規定で追加する場合
第○条(業務外でのSNS等の取扱い)
- 業務外で掲示板への書き込みおよびソーシャルメディアを利用する際は、次の各号のような内容の書き込み、画像の掲載その他それに類する行為をしてはならない。
① 会社の名称、業務内容、取引先、その他会社が特定できるようなこと
② 会社の機密に関わること
③ 会社の業務を妨害するようなこと
④ 会社の名誉を傷つけるようなこと
⑤ 自分以外の他の従業員等(従業員の他、パートタイマー・アルバイト、契約社員、派遣社員等、会社の指揮命令を受けて働く者すべてをいう)のこと
⑥ 他者への中傷、粗暴な発言等、公序良俗に反すること
⑦ 著作権や肖像権などの第三者の権利を侵害するようなこと
⑧ その他、一般常識を逸脱した行為や言動 - 前項各号の内容についての書き込み、画像の掲載その他それに類する行為については、匿名での書き込みであっても、会社は外部機関等に依頼して、書き込んだ本人を特定した上で処罰することがある。
- 会社が、従業員のインターネットおよびソーシャルメディア上の書き込み等について削除を求めた場合には、従業員はこれに従わなければならない。
- 友人・知人等の間でのみコミュニケーション可能で、不特定多数の閲覧が不可能なソーシャルメディア内での書き込みであっても、1項各号に違反する内容の書き込み行為をしてはならない。
- 業務外でソーシャルメディアを利用する際は、会社の見解ではなく一個人の見解であることを明示すること。
5. 「もっと規定例を知りたい」「自分の会社に合った就業規則がほしい」方はこちらも!
目指したのは就業規則の参考書ではなく「英会話集」。
この本なら、多彩な規定例から会社の実態に合った規定を選ぶだけで、あなたの会社に合った就業規則が作成できます!