人生において働くということはとても大切なことですが、それでも命や健康に代えられるものではありません。
そのため、法律では労働により労働者の命や健康が害されることがないよう「労働安全衛生法」という法律で、会社に対し様々な義務を課しています。
ほとんどの会社が行っている健康診断もその一つですが、もしかしたら法律上の義務があって行われていると知らない人も多いかもしれません。
この記事ではそんな健康診断について、法律上のポイントや就業規則への規定例について解説していきます。
この記事の目次
1. 法令から見た「健康診断」のポイント
1.1. 健康診断を受けさせるのは会社の義務
労働安全衛生法にて、会社には健康診断を受けさせる義務があります。
この健康診断は、原則、「雇入れの際」および「1年以内ごとに1回、定期に」受診させる必要があります。
なお、雇入れの際の健康診断については、雇入れ3カ月前までに、その労働者が前の会社や学校、あるいは自主的な健康診断を受けている場合、その結果を持って代えることも可能です。
1.2. 健康診断を受けるのは労働者の義務
健康診断に関しては、会社がそれを受けさせる義務がある一方で、労働者にはこれを受診する義務があります。
そのため、労働者側が健康診断を拒否する場合、懲戒処分の対象とすることができます。
一方、労働者には、会社が指定する医師以外の医師による健康診断を受ける「医師選択の自由」が認められているため、かかりつけ医がいる場合など、労働者が希望する場合、従業員の選択する医師による健康診断を受診することができます。
1.3. 対象労働者
対象は常時使用する労働者
雇入れ時の健康診断および定期健康診断の対象者は「常時使用する労働者」です。
この常時使用する労働者とは、いわゆる正社員の他、正社員の4分の3以上の労働時間で働く短時間労働者も含めます。
また、有期雇用労働者については1年以上使用される予定のある者は対象となります。
育休中等の場合、実施しなくても問題なし
定期健康診断を1年以内ごとに1回定期に行われる関係上、実施する時期は会社によって自ずと決まってきます。
こうした定期健康診断の時期に、労働者が産休や育休、私傷病等による休職等をしている場合、どうしたらいいかといったら、こうした場合は、定期健康診断を実施しなくても差し支えありません。
ただし、休業終了後、速やかに、定期健康診断を実施させなければいけないとされています。
1.4. 法定の健康診断項目
法定の項目
法律で義務づけられている健康診断については、必ず受けないといけないとされている項目が定められています。
この法定の健康診断項目は以下の通りですが、会社の健康診断の受託に慣れている病院であれば、よっぽどのことがない限り、検査項目が漏れることはないと思われます。
- 既往歴及び業務歴の調査
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 身長(※)、体重、腹囲(※)、視力及び聴力の検査
- 胸部エックス線検査(※) 及び喀痰検査(※)
- 血圧の測定
- 貧血検査(血色素量及び赤血球数)(※)
- 肝機能検査(GOT、GPT、γ―GTP)(※)
- 血中脂質検査(LDLコレステロール,HDLコレステロール、血清トリグリセライド)(※2)
- 血糖検査(※)
- 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
- 心電図検査(※)
定期健康診断時に省略ができる場合
雇入れの際の健康診断については、上記の項目をすべて受診する必要があり、省略することはできません。
一方、定期の健康診断については、上記の項目で※が付いているものについては、医師が必要でないと認める場合に限り、その検査を省略することができます。
項目 | 医師が必要でないと認める時に左記の健康診断項目を省略できる者 |
身長 | 20歳以上の者 |
腹囲 |
|
胸部エックス線検査 | 40歳未満のうち、次のいずれにも該当しない者
|
喀痰検査 |
|
貧血検査、肝機能検査、血中脂質検査、血糖検査、心電図検査 | 35歳未満の者及び36~39歳の者 |
参考資料:労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう~労働者の健康確保のために~(厚生労働省)
1.5. 業務によって診断項目や、健康診断の回数が追加される
健康に有害な業務等を行う労働者については、上記に加え、健康診断の頻度や項目が増えます。
特定業務従事者の健康診断
多量の高熱物体を取り扱う業務、身体に著しい振動を与える業務、強烈な騒音発する場所での業務、坑内業務、深夜業務等の一定の業務を行う労働者に対しては、配置換え時および6か月以内ごとに1回、定期に健康診断を行う必要があります。なお、胸部エックス線検査および喀痰検査については1年以内ごとに1回で構いません。
なお、健康診断項目については通常の労働者のものと同じです。
海外派遣労働者の健康診断
日本国外の地域に6か月以上派遣していた労働者を日本国内の業務に就かせる場合、健康診断が必要です。
また、日本国外に6か月以上派遣しようとするときも同様です。
給食従業員の検便
事業に付属する食堂や炊事場で給食の業務に従事する者に対しては、雇入れの際および当該業務への配置換えの際に、検便による健康診断を行和なければなりません。なお、こちらについては、定期的に行う必要まではありません。
一定の有害業務に就く者に対する特別の項目の健康診断(特殊健康診断)
屋内での有機溶剤を用いる業務や、石綿、じん肺、放射線など扱う一定の有害業務に従事する労働者に対しては、雇入れの際、当該業務への配置換えの際、および定期に、特別の項目の健康診断を行う必要があります。
歯科医師による健康診断(特殊健康診断)
塩酸や硫酸など、歯やその支持組織に有害な物質のガスや蒸気、または粉じんが発散する場所で業務を行うものに対し、雇入れの際、当該業務への配置換えの際、および6か月以内ごとに1回、定期に、歯科医師による健康診断を行う必要があります。
1.6. 健康診断後に会社が行う必要のある措置
健康診断の結果の記録
健康診断の結果は、健康診断個人票を作成し、保存しておく必要があります。
期間はそれぞれの健康診断によって異なりますが、定期健康診断をはじめとするほとんどの健康診断の結果の保存期間は5年となっています。
健康診断の結果についての医師等からの意見聴取
会社は、健康診断が行われた日から3か月以内に、健康診断の結果に基づき、労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師(歯科医師による健康診断については歯科医師)の意見を聞かなければなりません。
ただし、意見を聞く必要があるのは健康診断の項目に異常の所見のある労働者に限られます。
健康診断実施後の措置
会社は、医師または歯科医師からの意見を勘案し、必要があると認めるときは就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の適切な措置を講じる必要があります。
健康診断の結果の労働者への通知
会社は、健康診断結果を、労働者に遅滞なく通知しなければなりません。
健康診断の結果に基づく保健指導
会社は、健康診断の結果、特に健康の保持に努める必要がある労働者に対し、医師または保健師による保健指導を行うよう努めなければなりません。
健康診断の結果の所轄労働基準監督署長への報告
健康診断(定期のものに限る。)の結果は、遅滞なく、所轄労働基準監督署長に提出する必要があります。
2. 「健康診断」条文の必要性
健康診断は、就業規則の相対的必要記載事項である「安全衛生」に関する条文であるため、記載は必須となります。
3. 「健康診断」条文作成のポイント
3.1. 基本は法律どおりに
健康診断については法律どおりにこれを行い、監督官庁に報告等を行うことが重要な項目です。
そのため、基本的には法律の条文どおりに、就業規則の規定を作成することになります。
3.2. 深夜業および法令で定める有害業務がない会社の場合
特定の業務に就く者については、毎年定期の健康診断に加えて健康診断を行ったり、特定の項目に関する検診を受けたりする義務があります。
そういった業務を行っていない会社であっても、そうした定めがあることで何か会社の業務に影響があるわけではないので、記事の最後の基準規定では定めを行っていますが(「法令に定める特定の業務に従事する者および有害な業務に従事する者については、前項とは別途に、法令に基づく回数および特別の項目の健康診断を付加する。」の部分)、全くそういった業務がないという会社については削除してしまって問題ありません。
3.3. 会社が再検査を求める場合
健康診断を経て、異常が見つかった場合、会社としては再検査を受けてほしいと思うのが普通だと思います。
ただ、規模が小さい会社ほど、健康診断を行うまでで手一杯で、以降のケアまではできていないというのが現状ということもあり、記事の最後の規定例では再検査については特に定めを行いませんでした。
しかし、再検査を会社の命令として行うのであれば、そのための規定が必要となります。
3.4. 健康診断の費用
健康診断は法律上の義務であるため、原則、健康診断にかかる費用は会社が負担するものとなります。
これは、労働者が自身の希望する医師を選択して健康診断を行う場合も同様です。
一方、法定外の項目については、この限りではなく、受けるかどうかを労働者の判断に任せることで、労働者負担にすることもできます。
なお、健康診断中の時間の給与については、過去の通達により、労使間の協議による取り決めによって決めるべき事項とされています。
つまり、労使間での話合い次第ではノーワーク・ノーペイの原則から無給とすることも可能ということです。
ただし、特殊健康診断(一定の有害業務に就く者に対する特別の項目の健康診断、歯科医師による健康診断)の時間については、業務の一環として行われる健康診断となるため、必ず給与を支払わないといけません。
4. 就業規則「健康診断」の規定例
第○条(健康診断)
- 会社は、従業員に対して、入社の際および毎年1回定期に、健康診断を行う。
- 法令に定める特定の業務に従事する者および有害な業務に従事する者については、前項とは別途に、法令に基づく回数および特別の項目の健康診断を付加する。
- 前各項にかかわらず、従業員が希望する場合、従業員の選択する医師による健康診断を受診することができる。自身の選択する医師の健康診断を受けた従業員は、診断結果を必ず会社に提出しなければならない。
- 従業員は、正当な理由なく、1項および2項の会社の実施する健康診断を拒否することはできず、また、前項の従業員の選択する医師による健康診断を受診しない場合、懲戒処分の対象とすることがある。
- 1項および2項の結果、必要と認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等、必要な措置を講ずることがある。
5. 規定の変更例
第○条(健康診断)
- 会社は、従業員に対して、入社の際および毎年1回定期に、健康診断を行う。
- 法令に定める特定の業務に従事する者および有害な業務に従事する者については、前項とは別途に、法令に基づく回数および特別の項目の健康診断を付加する。
- 前各項にかかわらず、従業員が希望する場合、従業員の選択する医師による健康診断を受診することができる。自身の選択する医師の健康診断を受けた従業員は、診断結果を必ず会社に提出しなければならない。
- 従業員は、正当な理由なく、1項および2項の会社の実施する健康診断を拒否することはできず、また、前項の従業員の選択する医師による健康診断を受診しない場合、懲戒処分の対象とすることがある。
- 1項および2項の健康診断の結果、異常の所見がある場合、当該従業員は、会社の指定する医師による再検査を受診し、その結果を会社に報告しなければならない。
- 前項の再検査を受診せず、会社に報告を行わない従業員について、会社は当該従業員の労務提供の受領を拒否することがある。なお、この期間については無給とする。
- 1項、2項および5項の結果、必要と認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等、必要な措置を講ずることがある。
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7. 「健康診断」に関連する過去のブログ記事
会社が行う定期健康診断の結果とプライバシーと安全配慮義務の関係
【検診と健診は】労働者の健康のことで会社が「知ってはいけないこと」まとめ【違う】