就業規則

会社を守るためにも「つながらない権利」を就業規則に

2019年12月4日

つながらない権利とスマホ

1. つながらない権利とは

昨今の労務管理で注目されるようになってきた「つながらない権利」。

これは「勤務時間外に労働者が会社とつながらなくてもいい権利」のことをいいます。

具体的にいうと、勤務時間外に、会社や取引先から電話やメールなどの連絡があった場合に、労働者がそれに応えなくてもいい、というものです。

2000年代以降、インターネットや携帯電話、SNSやスマートフォン等の普及により、いつでもどこでも会社と労働者がつながりうる状況が生まれていることから、「労働者の権利」として主張されるようになっています。

 

2. つながらない権利が注目されるようになってきた背景

日本ではこれまで、それほど権利として主張されてこなかったこの「つながらない権利」ですが、最近になって言われるようになってきた背景には、海外での法制化の動きがあります。

フランスやイタリアでは2017年に法制化されていますし、アメリカのニューヨーク市でも条例を制定し「つながらない権利」を保護する動きがあります。

また、企業の中には労働者のつながらない権利を保護するため、制度として勤務時間外の会社からの電話やメールを禁止するものもあります。

例えば、三菱ふそうトラック・バスでは、希望する社員は休日にメールを受け取れなくなるシステムを導入しています。これは、休暇中にメールを受信すると「休暇している」旨と「休暇明けに連絡し直してほしい」という内容を機械が自動返信する仕組みです。

 

3. 日本の労働法とつながらない権利

3.1. 労働法に直接「つながらない権利」を保証する規定はない

では、日本の法律とつながらない権利の関係はどうなっているのでしょうか。

労働基準法を初めとする各労働法では、明確に「つながらない権利」を保護する規定はありません。

よって、勤務時間外に会社が労働者に連絡すること、それ自体は違法ではないわけです。

では、法律上、何も規制がないかというとそういうわけではありません。

 

3.2. 労働時間に関する規定が実質的な「つながらない権利」の保護規定

まず、勤務時間外の会社や取引先からの連絡によって、その連絡を受けた労働者が業務に従事した判断できる場合、その時間は労働時間に当たる可能性があります。

労働時間とは「使用者の指揮命令下にある時間」をいうわけですから、連絡を受けてその連絡を返す時間は「指揮命令下にある」といえる可能性は高いでしょう。

加えて、勤務時間外でに連絡した場合、その労働は時間外労働となる可能性があります。

よって、仮に36協定がなかったり、連絡した相手が36協定の対象外の労働者の場合、労働基準法の労働時間に関する規制に引っかかる可能性があるわけです。また、時間外手当等の発生による未払い賃金にも気をつける必要があります。

 

3.3. パワハラと「つながらない権利」

また、「つながらない権利」がパワハラに当たる可能性もあります。

というのも、職業安定法の改正、企業のパワハラに関する措置の実施が義務化に合わせて、「パワハラ指針」案が現在作成中ですが、その中のパワハラの定義の1つに「私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)」とあるからです。

勤務時間外の連絡は、「過度」かどうかはともかく、「私的」な時間に立ち入っていることは間違いありません。

現在のところ、パワハラ指針案では、現在のところ「勤務時間外に、会社や取引先から電話やメールなどの連絡をする」といったことがパワハラに当たるとは記載されていませんが、今後の動きには注意しておいた方が良いでしょう。また、指針に記載されなくても、司法の判断でパワハラと判断される可能性もゼロではありません。

<私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)>
(該当すると考えられる例)
・ 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
・ 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

(該当しないと考えられる例)
・ 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
・ 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

なお、個の侵害に該当すると考えられる例の2つ目のような事例が生じることのないよう、こうした機微な個人情報に関してはその取扱いに十分留意をするよう労働者に周知・啓発することが重要である。

出典:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)(出典:第22回労働政策審議会雇用環境・均等分科会)

 

4. 「つながらない権利」の保護は会社を守るために必要

「つながらない権利の保護」と聞くと、「また、労働者が優遇か」とうんざりする経営者の方もいるかも知れません。

しかし、労働者の「つながらない権利」を無視することは、会社を危険にさらす可能性があるのがわかります。

それに、業務からしっかり離れて、きちんと休息を取った方が、心の充実を図れることから、所定労働時間中の仕事への意欲や生産性は上がるはずです。

よって、就業規則で規定を定めたり、人事・労務の制度でこれをフォローする必要があるといえます。

 

5. 「つながらない権利」を就業規則に規定する場合の例

では、これを踏まえ、具体的にどのように就業規則に規定していけばいいのでしょうか。

それには、まず、先ほども少し触れた「つながらない権利」と「労働時間」について、より詳しく知っておく必要があります。

 

5.1. つながらない権利と労働時間との関係

勤務時間外の電話やメールに応じることがどういった場合に「労働時間になるのか」、きちんと把握しておく必要があるからです。

勤務時間外の電話やメールが労働時間になるかどうかは、事前に勤務時間外の電話やメールに応じることを会社が指示しているかどうかがポイントとなります。

例えば「勤務時間外でも、連絡が取れるようにしておくこと」と会社が事前に労働者に指示している場合、その対応中の時間は労働時間となります。

一方で「勤務時間外に連絡があっても応対する必要はない」と指示がある場合は、連絡に対応するかどうかは労働者の裁量であり、基本的には労働時間になりません。

「基本的には」と書いたのは「暗黙の指示」がある場合は、事前にそうした「応対しなくてもいい」という指示があっても、指揮命令下にあると判断され労働時間となる可能性があるからです。

どちらの指示もない場合、その都度、個々の事例による判断となりますが、いずれにせよ労使間のトラブルを避けるためにも、就業規則等に定めを入れておく必要があります。

 

5.2. つながらない権利を就業規則で完全に保障する場合

長くなりましたが、ようやく、ここからが具体的な就業規則への規定方法です。

「つながらない権利」に関する諸問題には、必ず「勤務時間外に連絡する側」と「勤務時間外に連絡を受ける側」がいます。

よって、「勤務時間外に連絡する側」にはその連絡を禁止する規定を、「勤務時間外に連絡を受ける側」は勤務時間外の連絡に応えなくてもいいとする規定が必要となります。

加えて、「勤務時間外に連絡を受ける側」が勤務時間外の連絡に応えなかったとしても「不利益な取扱いをしない」旨を、規定に定めておかないと、「勤務時間外に連絡を受ける側」は安心して連絡を無視することができません。

以下は就業規則への規定例です

規定例

第  条(勤務時間外の連絡)

  1. 会社は勤務時間外の従業員に対し、緊急性が高い場合を除き、電話、メール、その他の方法で連絡等を行わない。
  2. 従業員は、勤務時間外の別の従業員に対し、電話、メール、その他の方法で連絡をしてはならない。ただし、緊急性の高いものはこの限りではない。
  3. 勤務時間外の従業員は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡について、応対する必要はない。
  4. 会社は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡に応対しなかった従業員に対して、人事評価等において不利益な取扱いをしない。

 

補足すると、連絡する側には「緊急性が高い場合は連絡してもいい」と一応は入れてます。

ただ、受け取る側は、受け取るまで緊急性が高いかどうかわからない関係上、「緊急性が高い場合は応対しないといけない」といった規定は入れていません。

緊急性が高いかどうかわからないのに緊急性が高い場合は応対しろ、というのは非現実的だからです。

 

5.3. 勤務時間外の連絡にも対応してほしい場合

法律で直接「つながらない権利」が保護されていない以上、勤務時間外の連絡に対応することを就業規則で定めることは違法ではありません。

ただ、労働者の立場からすると、勤務時間外にいつ会社から連絡があるのかわからない上、それに必ず対応しないいけないとなると、相当のストレスとなります。

よって、勤務時間外の連絡への対応を無制限に要求するのは、労働時間や割増賃金のことを脇に置いておいても問題があると言えます。

対応としては、勤務時間外の連絡は、事前にその可能性があることを伝えている場合に限る、などが考えられます。

就業規則への規定例は以下の通り。

規定例

第  条(勤務時間外の連絡)

  1. 会社は、勤務時間外の従業員に対し電話、メール、その他の方法で連絡をする場合、事前に勤務時間外に連絡する理由と連絡する時期を明らかにして行う。
  2. 従業員は、勤務時間外の別の従業員に対し電話、メール、その他の方法で連絡をする場合、事前に勤務時間外に連絡する理由と連絡する時期を明らかにし、相手の従業員の合意を得なければならない。
  3. 勤務時間外の連絡があることを事前に知らされていて、実際に勤務時間外に連絡への対応を行った場合、その従業員は対応を行った時間を労働時間として会社に報告しなければならない。
  4. 勤務時間外の連絡があることを事前に知らされていない、または連絡に対して対応することに合意をしていない場合、その従業員は連絡に対応する必要はない。また、対応した場合も労働時間とはしない
  5. 会社は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡に応対しなかった従業員に対して、人事評価等において不利益な取扱いをしない。

 

5.4. 取引先からの連絡

会社からの連絡については、会社や上司、同僚が連絡しなければそれで済みますが、取引先と従業員が直接連絡を取り合っている場合で、取引先から勤務時間外の従業員に連絡がいってしまう、ということもあります。

このような場合、考えられる対応は以下の2つです。

  • (会社からのはいいけど)取引先の連絡だけは出てくれ
  • 休みの日と勤務時間を相手に伝えて、その時間には連絡してもつながらないことを取引先に伝える

 

前者の場合、「ただし、取引先からの連絡についてはこの限りではない」旨の規定と、連絡対応している時間は労働時間であることを定める必要があります。

会社としてはついつい00前者を選びたくなりがちですが、ただ、よっぽど横暴な取引先か、緊急の案件の多い取引先でない限り、きちんと説明すれば後者でも問題ないことは十分ありえます。

なので、最初から前車一択と決めつけるのではなく、会社からも取引先に会社の方針を伝えるなど、外堀を埋めつつ、労働者の「つながらない権利」を保護に向けて動いていくことを考えた方がいいかもしれません。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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