会社を経営していると様々な郵便物が届くものです。
仕事関連のものは最近はメールで、というところも多いので多少減っていても、DMなんかはやっぱり紙。
また、税務署や年金事務所、労働局といった役所からも様々な案内が届きます。
そうしたなかで、みなさんの会社では、ハローワークの方からこういう案内をもらったことはないでしょうか。
「公正採用選考人権啓発推進員を選任してください」
この記事の目次
1. 公正採用選考人権啓発推進員とは
「公正採用選考人権啓発推進員」って、そもそも何? という話ですが、公正採用選考人権啓発推進員の役割は、以下のような感じだそうです。
「公正採用選考人権啓発推進員」は、公正な採用選考システムの確立や人権啓発研修の実施など、社内の人権啓発に関する中心的な役割を担っていただく方です。
なんというか「言ってることはわかるけれど、何をやったらいいのかわからない」の典型みたいな役職ですね。
で、こうした案内が来たときに、会社として気になるのは「それは義務なのか?」ということではないでしょうか。
2. 公正採用選考人権啓発推進員を選任は義務ではない
2.1. 根拠法がなく努力義務ですらない
結論から言ってしまうと、公正採用選考人権啓発推進員を選任は義務ではありません。それどころか努力義務すらありません。
なぜなら、この公正採用選考人権啓発推進員という制度には根拠法がないからです。
公正採用選考人権啓発推進員のWikipediaには日本国憲法22条と職業安定法がその根拠であると書かれていますが、実際には、職業安定法全文とその施行規則を端から端まで読んでも「公正採用選考人権啓発推進員」という言葉はおろか、それを匂わすような人員の選任に関する条文も出てきません。
日本国憲法22条が定める職業選択の自由や、職業安定法の目的を達成するための制度、と考えれば、まあギリギリ根拠になってるのかなあ、というレベルです。
繰り返しになりますが、直接的に根拠となる条文はありません。
3. 選任対象となる事業所の条件は各都道府県でバラバラ
法律というのはたいてい、法律の条文には大まかなことを書き、細かいことは省令で定めてる、という形を取っています。
これは法律は国会でしか変更できない一方で、省令は管轄省庁の裁量で変更できるという違いがあるからで、細かい数字を法律に定めてしまうと、後で変更が必要になったとき大変だからです。なので、そういう細かいことは省令で定めるのが普通です。
しかし、公正採用選考人権啓発推進員という制度、根拠法がありません。根拠法がないということは、制度を詳しく定めるための省令もなければ、全国で統一の基準というのもあるのか怪しく、その証拠に各都道府県が出している公正採用選考人権啓発推進員の選任対象となる事業所の条件は以下のとおりバラバラです。
愛知県
- 常時使用する従業員の数が30人以上の事業所
- 職業紹介事業、派遣事業を行う事業所
岐阜県
- 常時使用する従業員の数が30人以上である事業所
- 常時使用する従業員の数が30人未満であって、就職差別事件又はこれに類する事象を惹起した事業所
- 労働者派遣元事業所、民営職業紹介事業所
三重県
- 常時使用する従業員数が30人以上の事業所
東京都
- 常時使用する従業員の数が50人以上である事業所
- 上記のほか、公共職業安定所長が推進員を選任することが適当であると認める事業所
- 職業紹介事業又は労働者派遣事業を行う事業所
大阪府
- 常時使用する従業員数が25人以上の事業所
- 上記の他、公共職業安定所長が適当と認める事業所
神奈川県
- すべての職業紹介事業を行う事業所
- すべての労働者派遣事業を行う事業所
4. 他の推進者と比較しても異質な公正採用選考人権啓発推進員
こうした、公正採用選考人権啓発推進員のように、会社が選任しなければならないとされる人は他に障害者雇用推進者や高年齢者雇用推進者などがいます。
しかし、こうした人たちの選任については根拠法がきちんとあるため、当然、選出しないといけない(あるいは、努めないといけない)企業規模等の基準は全国共通です。
もっと言うと、「○○推進員」という人の選任を義務づけるような労働法関連の法律はまず見たことがありません。
というか、法律上でよく使われる「○○推進者」という言葉を使えないから「員」にしてるのかもしれません。
5. 公正採用選考人権啓発推進員は選任すべき?
さて、ぶっちゃけた話、公正採用選考人権啓発推進員を選任すべきなのでしょうか?
まず、職業紹介事業や派遣事業の許可には、この推進員の選任が必須となっているので、そうした事業を行う会社では選任が必須となります。
では、それ以外の事業所はどうかというと、まあ、好きなようにしてくださいとしか言えませんが、このように公正な採用選考が強く言われる背景には同和問題がその一つにあります。そのため、そうしたことが問題になりやすい地域ではより必要性は高いと言えるでしょう。
今日のあとがき
わたし個人の感覚としては、法律に根拠のないことを役所がやるっていうことについて、違和感を通り越して不快感があります。
警察をみればわかりますが、行政には絶大なる力があるわけですからね。その行政をコントロールするために法律がある以上、例えそれが良いことであっても、法律にないことを役所がやることは嫌なわけです。
一方で、実は職業安定法って、働き方改革法の改正に先立って「若者の使い捨て防止」などを定めるため、改正されていたんですけど、なぜそのときに「公正採用選考人権啓発推進員」を法定化しなかったのかについては、不思議でしょうがないです。
今日のお知らせ
弊所代表の川嶋の新しい本が出ます。その名も、
「条文の役割から考える ベーシック就業規則作成の実務」(日本法令)
本書は、その条文はどうして必要なのか、どうしても必要なのか、いらなかったら削除していいのか、と、個々の条文の必要性にフォーカスを当てた就業規則本となります。
なぜ、本書で就業規則の個々の条文の必要性に焦点を当てたかというと、日々の就業規則作成業務で「この条文はどういう意味か」「この条文は変えられないのか」「この条文は削除できないのか」といった質問、要望をお客様から受けることが多かったので、ならば、本でそれらをまとめてしまおうと思ったわけです。
本書には魔法のような条文も奇策のような条文もありませんが、ベーシックな就業規則を作成するのにお力になれる就業規則本だと思っています。