格闘ゲームのような対人ゲームの世界には「わからん殺し」という用語があります。
要するに、対峙する相手が正しい対処方法を知らないであろう攻撃を繰り出して勝つという方法です。
そうした「わからん殺し」に対応するには「正しい対処方法」にかんする「知識」と「技術」が必要となります。
現実の社会でも、わたしたちは正しい対処方法がわからないまま、何かに対処せざるを得ない状況に陥ることがあります。
時には、「わからないことがわからない」ままそうした状況に陥ることすらあるでしょう。
経営者や人事労務担当者にとっての、監督署の調査はその一つかもしれません。
突然やってきた労働基準監督署の監督官が、会社の就業規則や賃金台帳を見せろと言ってきたり、見た結果、支払ってない残業代があるから過去2年分払えと言ってきたりしたら、多くの経営者や人事労務担当者は言われるがまま支払ってしまうかもしれません。
でも、それは会社が労働基準監督署の監督官に「わからん殺し」されてるようなもの。
なぜなら、労働基準監督署の監督官に「残業代を支払え」と命令する権限などないし、「過去2年分」という根拠も怪しいものがあるから。
本書は筆者の大著である「労働基準監督機関の役割と是正勧告」をより一般向けにしたもので、解説方法も「再現ドラマ」「紙上講義」「文書による解説」の3パターン用意されていて、それぞれで、労働基準監督署の監督官の権限や調査の法的な位置づけについて解説がなされており、会社が監督署の「わからん殺し」を避けるために必要な「知識」がこれでもかと詰め込まれています。
もちろん、監督署の調査は会社を「わからん殺し」する目的で行われるわけではないし、会社が監督官をむやみに敵視するのも禁物ですが、行き過ぎた行政権限の行使は私たちの生活を破壊することもありうる以上(警察が令状もなく裁量で市民を逮捕する世界を想像してみるといいでしょう)、監督署の調査に対して一定の知識を持って対応することは権力の暴走から会社を守る上でとても重要と言えるでしょう。
最後に、本書の端書きでも触れられていますが、未払い残業代について監督官に支払い命令の権限がないからといって、会社がそれを支払わなくてもいいという道理はないので勘違いなきように。
あくまで、監督官に権限がないと言ってるだけで、未払い残業が実際にある場合に、労働者から請求があったり、裁判で争いになれば、会社が勝てる見込みはありません。