行動経済学の論文で、長時間労働の是正に役立つ興味深い論文があったので今日はその紹介。
長時間労働者の特性と働き方改革の効果(黒川 博文, 佐々木 周作, 大竹 文雄)
上記の論文では長時間労働者の特性を明らかにするとともに、A社で導入された新人事制度の効果の分析結果が記載されています。
つまり、どのような人が長時間労働者になりやすいか、そして、新人事制度によって、そうした長時間労働者にどのような影響があったかなどがまとめられています。
この記事の目次
1. 長時間労働、労働供給側要因と労働需要側要因
まず、長時間労働の要因については労働供給側の要因(労働者側の要因)と労働需給側の要因(会社側の要因)の2つに分けることができるとされています。
1.1. 労働供給側要因(労働者側の要因)
そして、労働供給側の要因についてはさらに、労働者の選好、労働供給弾力性の小ささ、個人の特性、同僚からの影響などの要因に分けられます。
労働者の選好については、消費を重視するアメリカでは労働時間が長く、余暇を重視するフランスでは労働時間が短いことが明らかになっています。日本の場合、余暇よりも労働や消費を好む傾向にあるとされています。
労働の弾力性とは賃金が1%変化すると労働時間がどれだけ変化するか、というものですが、日本ではこれが小さいため、賃金が増えても労働時間は変わらず、結果、労働時間が長い人は賃金が増えても長いままとなっているとされています。
同僚からの影響については、労働時間が短い人と一緒に働いていると労働時間は短くなる傾向がある一方で、長い人と一緒に働いていると長くなる傾向があります。
個人の特性については後ほど詳しく述べます
1.2. 労働需給側の要因(会社側の要因)
一方、労働需給側の要因(会社側の要因)では、労働固定費用が大きいこと、人的資源管理の非効率性が挙げられています。
労働固定費用が大きいとは、要するに人件費が高いという意味ですが、この中には採用・解雇・教育訓練費用なども含まれます。
この労働固定費用が大きいと、労働者を追加で雇うよりも、今いる労働者の労働時間を長くする方が合理的となります。
日本の場合、労働者を解雇することが非常に難しい(つまり、お金がかかる)ため、繁忙期に一時的に労働者を補充するより、その繁忙期に今いる人たちを長時間働かせる方が合理的というわけです。
また、人的資源管理の非効率性とは、残業や休日出勤が評価されたり、部下と上司のコミュニケーション不足などによって、非効率な労働を強いられることを言います。
2. 長時間労働者と個人の特性
さて、この論文でメインとして語られている労働者の「個人の特性」については、以下のような分類がされています。
労働供給側要因(労働者側の要因)
長時間労働になりやすい人
- 平等主義者や自分だけ損することを嫌う人
- 協調性が高い人
- 誠実性が高い人(ただし、深夜残業時間は短い傾向にある)
長時間労働しにくい人
- 子どもの頃、夏休みの宿題を前倒しで済ませていた人
- 経験への開放性が高い人(いわゆる自由人タイプの人)
深夜残業が長い人
- 子どもの頃、夏休みの宿題を遅く済ませた人
- 自分だけ得することを嫌う人
深夜残業しにくい人
- 誠実性が高い人(ただし、長時間労働しがちな傾向にある)
- 外向性が高い人
※「外向性」「経験への開放性」「協調性」「誠実性」とは「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる人間の性格特性を言います(残りの一つは「神経症傾向」)。
「子どもの頃、夏休みの宿題を遅く済ませた人」というのは、イヤなことを先送りする傾向があり、大人になってもその傾向が変わらないため、結果、昼間は真面目に仕事をせず、深夜残業をしがちとなります。
3. A社の新人事制度の内容
A社で導入された新人事制度とは以下のものです。
- テレワーク(これまでは在宅勤務のみだった可能だったが、新制度導入後はモバイルワークやサテライトオフィス勤務も可能に)
- フレックスタイム制のコアタイムの撤廃し、フレキシブルタイムを「6:00~21:00」に設定
- 残業時間の上限目標を45時間に設定、36協定の特別条項については月90時間を月80時間に変更
- 残業の許可制(45時間を超える場合は役員の事前承認が必要)
新人事制度ではテレワークが在宅勤務に限定されなくなったうえに、フレックスタイム制のコアタイムがなくなったことにより、丸1日をテレワークに費やすことができるようになっています。
つまり、労働者が働く場所と時間を自由に選び、柔軟に働けるようになったわけですが、こうした方法は会社の管理が行き届かなくなるため、労働供給の減少や労働時間の延長が起こる可能性があります。
A社の新人事制度では、残業時間の上限目標を定めた上で、残業も許可制とすることで、そうしたことが起こらないよう工夫がなされています。
4. A社の新人事制度の結果
では、新人事制度を導入した結果、A社の労働時間はどうなったかというと、残業削減に十分な効果があったとされています。
特に月45時間以上の残業を2か月に1回以上のペースでしていた者ほど効果が高く、平均4.7時間の残業が削減されたそうです。
ただし、その効果は労働者側の個人の特性によっても異なり夏休みの宿題を後回しにしていた人や平等主義者の残業削減効果は大きいものの、それでも他の人の比べて残業や深夜残業を行う傾向があります。
こうした人たちの労働時間を削減するには、仕事の先送りを防ぐ仕組みや、「残業をしているのはあなたぐらいです」といったメッセージを送ることが有効であると、本論文では提案されています。
以上です。
世の中には長時間労働の削減方法についてピンからキリまで様々な方法が紹介されていますが、本論文で紹介されているのは科学的な手法を基にしているため、非常に有用性が高いと考えられます。
ただし、本記事ではブログにまとめるように、細かいところはかなり端折っているので、興味のある方は是非、論文の原文をお読みいただければと思います。
長時間労働者の特性と働き方改革の効果(黒川 博文, 佐々木 周作, 大竹 文雄)
本論文は行動経済学に基づいたものです。よって、本論文の内容より知りたい方はこちらの本を読んでおくのがオススメ。