監督署の臨検調査

「労働基準関係法令違反に係る公表事案」が「ブラック企業リスト」と言いづらい理由

2017年5月11日

メディア等でも話題になっていますが、厚生労働省は29年5月10日付で「労働基準関係法令違反に係る公表事案」というPDFのリストを公表しました。

労働基準関係法令違反に係る公表事案(リンク先PDF 参照:厚生労働省)

これは過去1年間の各都道府県の労働局において、労働法関連の法令違反によって送検された事業所をまとめたもので、今後は1ヶ月ごとに更新される予定です。

各都道府県の労働局の公表時には匿名とされていた会社も、今回のリストでは全て実名で公表されていることもあり、大きな話題となっていて、巷では「ブラック企業リスト」なる呼ばれ方もしています。

しかし、このリスト、少し読んでみると世間一般的なイメージの「ブラック企業リスト」とはちょっと違うことがわかります。

 

1. ブラック企業リストに載ってる企業は全て「世間一般的イメージ」なブラック企業なのか

ブラック企業という言葉は、わたしが社労士になる前からネットではチラホラ見る言葉だったんですが、わたしが社労士になった2013年以降、より一般化し普及していった印象があります。

しかし、その頃から現代に至るまで、ブラック企業の明確な定義づけはありません。

せいぜい、超長時間労働があってしかもサービス残業させられる、くらいでしょうか。

離職率の高さをブラック企業の定義に入れる場合もありますが、離職理由は労働環境が悪いからってだけじゃないのでなんとも(士業の世界だと、先輩事務所で修行を積んでから独立する場合もあるし)。

じゃあ、今回のリストで上げられている334の事業所全てが「超長時間労働があってしかもサービス残業させられる」事業所なのかというと、このリストだけでは判断できません。

 

2. 世間一般的なイメージにあうブラック企業は意外と少ない

というのも、このリストで公表されているのは労働基準関係法令違反で送検された事業所だけだからです。

送検された理由が「長時間労働」や「サービス残業」でなくても、他のことで送検されていればこのリストに名前が載ってしまうわけです。

で、「超長時間労働があってしかもサービス残業させられる」というのは、労働基準法に照らし合わせると、第32条と第37条の違反となりますが、今回の公表でこの2つの条文に違反して送検されたは以下の通りで、

  • 労働基準法第32条違反:35事業所
  • 労働基準法第37条違反:6事業所
  • 両方に違反して送検:1事業所

公表されている334の事業所のうち41の事業所しか、世間一般的なイメージのブラック企業的法違反の会社は公表されていないことになります。

ブラック企業のイメージをもう少し広げて、最低賃金法第4条違反(いわゆる、賃金未払い)の62事業所を加えても103事業所です。

では、残り3分の2違反は何かというと、労基法の他の条文の違反や派遣法違反などもありますが、そのほとんどは労働安全衛生法違反です。

 

3. 主な送検事由は安全衛生法違反

労働安全衛生法とは労働者の安全と衛生を守るために、会社が行わなければならいことがずらずらずらっと定められている法律です。

その中には、健康診断を受けさせる義務や、産業医設置の義務など、多くの会社にとって影響のある規定ももちろんあるります。

その一方で、今回のリストの大半を占める労働安全衛生法違反というのは、安全、すなわち労災等の防止のため義務や禁止事項をきちんと守っていないために送検されているケースが非常に多くなっています。

以下はその一例をリストから抜粋したもの。

労働安全衛生法第21条
労働安全衛生規則第518条
高さ2m以上の箇所で労働者に作業を行わせるに当たり、作業床を設けなかったもの
労働安全衛生法第20条
労働安全衛生規則第160条
車両系建設機械の作業装置を地上に下ろさずに、運転位置から離れたもの

労働基準関係法令違反に係る公表事案(リンク先PDF 参照:厚生労働省)

今回のリストを見た人の中にはTwitterで「建設業が多い」と呟いてた人もいましたが、安全衛生法で定める労働者の安全に関する規定は、当然、危険の多い業種や業務を規制していることが多く、結果、建設業を規制も多くなっているので、それも当然という話なのです。

 

4. 法律によって送検のされやすさが違う

そもそも、労働基準法と労働安全衛生法とでは、送検のされやすさが違います。

労働基準法の場合、監督行政のスタンスはあくまで是正目的であり、送検は最後の手段というところがあります。

また、故意でなければ違反とは言い切れず、初めての調査でその故意性を証明することは難しいというのもあります(逆に言うと、繰り返し何度も違反が発覚すると、故意ではないと言い切れなくなる)。

一方、安全衛生法で送検される場合というのは、たいてい大きな労災が起こって、事実関係を監督署が確認する際に、上で述べたような違反が発覚します。

その際に、事業者が「講ずべき措置の不履行(つまり、やるべきことをやってなかった)」によって労災が起きたと監督官が判断した場合、災害に対してではなく「講ずべき措置の不履行」に対して、監督官は司法処分、すなわち、送検を行います。

この際の監督署のスタンスは、労基法のような違反の是正目的ではないため、送検されることも多くなるわけですが、今回のリストで安全衛生法違反の企業が多く並んでいるのは、その結果と言えます。

 

5. ブラック企業=安全衛生法違反?

今回のリストを「ブラック企業リスト」と呼ぶのに違和感があるのは、みなさんの思ってるブラック企業というのは「安全衛生法違反企業」のことなんですかってことです。

少なくとも、このリストを「ブラック企業リスト」と呼ぶなら、このリストに載ってる大半の事業所は安全衛生法違反で載っているのだからそうなります。

で、身も蓋もないことを言うと、世間一般でいうような「ブラック企業リスト」を作成するっていうのは、その定義の曖昧さからほぼ不可能で、無理にやろうとすると労働法関連の送検事案を集めるしかないわけですよ。

定義もなければ、ブラック企業と呼ばれてる会社が必ずしも法違反を犯しているわけでもないわけですから。

でも、送検事例ばかり集めても、世間一般的なブラック企業の違反に多い労基法は送検が難しい一方、安全衛生法は労基法に比べるとしやすいのでそればかり並ぶ。

で、その結果できたのが今回の「労働基準関係法令違反に係る公表事案」なわけです。

 

6. 違反事由ごとにリストを分けるべきだったのでは

「ブラック企業リスト」というと、会社からするとそんなのに載るのは絶対嫌だ、となるかもしれませんが、このリストに載ることを最大限避けようと考えるなら、労基法より安全衛生法に気をつけたほうがいい、ということになります。

それはそれで大切なことですし、安全衛生法違反は別にどうでもいいと思っているわけでもありません。

求職する労働者にしても、長時間労働させられて残業代も出ないような会社同様に、安全設備に問題のある会社で働くのも嫌だと思うので、情報として有用性ないわけでもありません。

とはいえ、昨今の長時間労働や過労死の文脈でこのリストを話題にすることは無理があると思います。

このリストを「ブラック企業リスト」と呼ぶと、リスト自体は安全衛生法違反がメインなのに、過労死・長時間労働の文脈に否応なしに組み込まれてしまうわけですからね。

別にわたし、完璧な「ブラック企業リスト」を求めているわけではないですが(笑)、最低限、違反事由に応じて、ある程度リストを分けた方が良かったのではと思います。

社労士目線でいうと、どうした事例だと送検となるのかがわかるリストとも言えるのですが、違反事由がごちゃごちゃに並んでるので正直見づらいですし(役所からすると、334件も送検してるんだぞ的な威圧感がでていいのかもしれませんが)。

 

今日のあとがき

このリストが発表されたという第一報を聞いたときは、職業柄、とんでもないものが発表されたなと驚いたものですが、蓋を開けてやや拍子抜け、というか、まあ、そうなるよね、という内容でしたね。

というか、久々にこんな長文書いた(笑)。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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