賃金

会社への借金や前借り・前渡しなど、通常の賃金以外の労働者のお金の話

話題になっているネットオークションアプリ・メルカリの現金出品の禁止。

5枚の1万円札を6万と7万で落札するという、パッと聞いただけでは意味のわからない話ですが、構造としてはカードでの支払いによるタイムラグを利用して、1分1秒でも早く現金を手にしたい人が利用しているようです。

もちろん、後払いで5万円を現金で手にしてたとしても、その後カードで6万とか7万の支払いができるかというと、ほとんどの場合、そうはいかないのでしょうが。

ここまで極端でなくても、実は人間というのは後のことよりも目の前のことを優先してしまう傾向があります。

わかりやすいのは夏休みの宿題で、夏休みが始まるとすぐに終わらせてしまう子もいれば、ちびまる子ちゃんみたいに8月31日ギリギリまで終わらせられない子もいます。

すぐに終わらせてしまう子というのは、宿題を終わらせてから夏休みを楽しむという意味で将来的な利益を見ていますが、最後まで終わらせられない子は、イヤなことは後伸ばしにして目の前の利益を優先した結果、最後まで宿題が残ってしまうわけです。

もしかしたら、メルカリで現金をカードで買う人たちというのは、子どもの頃、夏休みの宿題をなかなか終わらせられなかった人たちかもしれませんね。

 

1. 時間選好率が高いほど今を重視しがち

このように、将来の利益よりも現在の利益を好む程度のことを時間選好率や時間選好と呼んだりします。

時間選好率が高いほど、現在の利益を優先する程度が高まり、お金のことで苦労しがちです(5万円の現金を今目の前のことのために6万で買ってしまうわけですからね)。

で、会社でいろいろな人を雇っていると、こうした時間選好率の高い人たちと必ずしも無縁ではいられるとは限りません。

それでも、労働者が消費者金融で借金して首が回らない、というように会社の外でやらかしてる分にはたまに借金取りが会社に来るだけでしょうが、お金がないから貸してくれ、あるいは給料を前借りさせてくれ、と言ってくると対応に困ってしまうのではないでしょうか。

では、会社はこのような場合、どのような対応を取れば良いのでしょう(やっと本題に入れた)。

 

2. 労働基準法第17条「前借金相殺の禁止」

まず、借金については労働基準法第17条に「前借金相殺の禁止」という条文があります。

これは「働くことを条件に使用者側がお金を貸し、その借金と賃金を相殺すること」を禁じたもので、これは借金を理由に会社が労働者を奴隷のように働かせることを防止すると同時に、借金と賃金が相殺されてしまうと、労働者の手取りが極端に減ってしまう可能性があるので禁止されています。

ただし、その借金が貸付の原因や期間、金額、金利など総合的に見て働くことが条件となっていないことがきわめて明白な場合、この規定は適用されません。

いずれにせよ、労働者側から貸してくれ、といわれて貸す義務は会社にはなく、また、貸す場合に「働いて返せよ」的にお金を貸したり「借金の分は賃金から引いといた」みたいなことはしてはいけないわけです(※)。

会社と労働者は労働によって繋がっているので、労働を条件にできなかったり、賃金から引けないとなると、貸したくないと思う会社は多いのではないでしょうか。

※ 働くことを条件としない借金において、労働者側からの申出で借金と賃金を相殺することは必ずしも違反とはならない(会社主導の相殺はいかなる場合も禁止)。

 

3. 労働基準法第25条「非常時払」

では、前借りについてはどうでしょうか。

一口に前借りといっても、すでに働いて賃金が発生している分を前借りしようとしているのか、まだ働いてなくて賃金も発生してない分を前借りしようとしているのかで違いがあります。

前者は正確には前渡しといいます。後者に正式な呼び方はありませんが、借金と同じなので基本的には前項と考え方は同じです。

よって、考えるべきは前者の前渡しについてですが、働いた分(これを労働法では既往の労働といいます)の賃金の特別な取り扱いについては、労働基準法第25条に「非常時払」という条文があります。

この非常時払とは労働者が出産、疾病、災害その他省令で定める非常の場合の費用に充てるため、労働者が既往の労働の分の賃金を請求する場合、会社は賃金を支払わなければならない、というものです。

この非常時払は義務のため、会社は断ることはできませんが、「非常時」「労働者から請求があった場合」「既往の労働分の賃金」という3つの条件が全てそろっている必要があり、また「非常時」といっても借金取りが来てるから、みたいな理由は認められません。

逆に言えば、既往の労働分であっても、労働者側に正当な理由がないのであれば、給与の前渡しの義務はないと言えます。

その一方で、支払日以外の前渡し自体は非常時以外に行ったとしても法違反にはならないので、会社の裁量次第ということになります。

 

4. まとめ

以上です。

非常時払を除けば、会社が通常の賃金以外のお金を融通する義務は必ずしもないことおわかりいただけたのではないでしょうか。

最後にまとめると、

  • 働くことを条件とする借金は禁止
  • 借金と賃金を相殺することも禁止
  • 前渡しは法違反ではないが、義務でもない
  • 「非常時」に「労働者から請求があった場合」の前渡しは、会社は「既往の労働分」支払う義務がある

 

今日のあとがき

メルカリの現金出品で思い出したけど、最近、実物の万札見てない(笑)。

iPhone7にしてから少額決済はApplePay使ってるし、万札が必要な大きい買い物はカードかamazonで買うかになってるからなんですが、現金レスな生活が大分馴染んできたなあ、と思う今日この頃です。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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