労働時間

残業上限年間720時間時代に二重の労働時間管理をしてまで変形労働時間制を使う意味はあるか

2017年3月16日

昨日の続きですが、難易度かなり上げ上げな話になるのでお覚悟を。

「年間残業上限720時間」では法定休日労働時間は上限に含めるの?

昨日は複数の上限それぞれで、法定休日労働の労働時間を含めるか否かが異なるという話をしました。

これについては、最終的に法定休日労働について、統一するのか、それとも現行通りに近い、労使間の決定のままいくのかはわかりません。

ただ、朝日新聞の労働担当の記者のツイートによると「単月100時間」と「2~6ヶ月平均80時間」の方は法定休日労働を含め、年間720時間と限度時間は含めないと連合の幹部が記者会見で言ってたそうで、そうなると現行法通りのままでいく可能性は高そうです。

1. (今も、たぶん未来も)2つの基準で労働時間管理をする必要性あり

で、これ、実はどちらかに統一すればいいとか、このままでも別にいいとも言えない、結構面倒な問題を含んでいます。

というのも、昨日の記事でも説明しましたが労働基準法上の残業時間と、労働安全衛生法上の残業時間では、以下のように、考え方が異なるためです。

  • 労働基準法の残業:時間外労働だけで法定休日労働は含めない時間
  • 労働安全衛生法の残業:時間外労働と休日労働を合わせた時間

このため、現行法では残業代計算や36協定に記載する労働基準法上の残業時間と、労働安全衛生法上の残業時間にはズレが生じています。

ただ、今までは、法定休日労働自体がそれほど一般的ではないことや、労働安全衛生法の方は省令で決まってるだけで拘束力がなく周知もあまりされていないので、あまり問題にはなっていませんでした。

しかし、年間720時間に代表される今回の規制では、どの上限も破れば罰則があるので、労働安全衛生法による労働時間の考え方も会社は無視できません。

 

2. 労働安全衛生法では1週40時間を超えたら問答無用で残業

加えて、現行の労働安全衛生法では法定休日労働を含めるだけでなく、変形労働時間制や裁量労働制等の場合でも1週40時間を超えたところから、時間外・休日労働の時間を数えることになっています。

どういうことかというと、例えば、変形労働時間制によって、1日の所定労働時間が8時間の会社で、とある週の土曜日を労働日にして週の所定労働時間を48時間にしたとします。

この場合、法定の週40時間を8時間超えることになりますが、労働基準法上は時間外労働とは考えません。その一方で、労働安全衛生法上の健康管理の観点から見た残業時間にはしっかり8時間がプラスされます。

つまり、上記の例で言うと、労働基準法上の残業時間と労働安全衛生法上の残業時間に8時間のズレが生まれているわけです。

ただし、繰り返しになりますが、こうしたズレ自体は今もあるものです。

 

3. 変形労働時間制を使うと労働時間把握が複雑に

上記の1週40時間を超えたところから時間外・休日労働の時間を数えるという扱い自体が、今回の上限規制のなかでどうなっていくかはわかりません。

ただ、法定休日労働を含める「単月100時間」と「2~6ヶ月平均80時間」はもともと労働安全衛生法の省令にあったもので、それを今回法定化し罰則をつけているので、跡形もなくなくなるとは考えづらい。

そして、仮にこれが厳密に適用されるとなると変形労働時間制を使うのってどうなの? という話にもなっていきそうな気がします。

というのも、まずは1つ目の理由として、上で説明したように、労働時間の二重把握の手間があります。

変形労働時間制にせず、1日8時間・週40時間にしておけば、労働時間の管理を一括できるので上限規制の罰則を避ける上で、労働時間把握が楽だからです。

 

4. 1年単位では月の所定労働時間を増やすことが可能だが・・・

もう一つの理由としては、そもそも所定労働時間を変更したり調整する意味がなくなりそう、というのがあります。

特に言えるのが1年単位の変形労働時間制で、1年単位の場合、他の月の所定労働時間を短くして、他の月の所定労働時間を長くする、ということが可能になっています。

具体的に説明すると、週の所定労働時間を最大52時間まで延長可能な一方、週48時間を超える週は連続3以下とする必要があります。

なので、たとえば、一月を4週とした場合、「週52時間3回+週48時間1回」というような週所定労働時間を組むこともできます。(その代わり、他の月の他の週は40時間より短くする必要がある)

こうすると、法定の「週40時間×4週」から「12時間×3回+8時間=44時間」、所定労働時間を増やすことができます。

所定労働時間を増やしただけなので、この43時間は時間外労働とはならず残業代も発生しません。

 

5. 増やした所定労働時間も労働安全衛生法では残業扱い

しかし、労働安全衛生法の扱いでは「12時間×3回+8時間=44時間」も残業時間に他なりません。

これも繰り返しですが、現行では、労働安全衛生法上の残業時間の規制を無視してても、ほぼペナルティがない上、周知もほとんどされていないので、結果、こちらの残業時間はほぼ無視されていました。

ただ、法定休日の労働時間を含み、さらに1週40時間を超えたところから労働時間を数えた上で「単月100時間」と「2~6ヶ月平均80時間」を守らないといけない、守らないと罰則がある、となったらどうでしょう。

当然無視することはできず、こちらの残業時間も把握しないとならなくなるでしょう。

確かに44時間分の残業代は節約できるかもしれませんが、所定労働時間を減らした他の週や月で残業したら結局は同じことなのは忘れてはいけません。

そうしたことを脇に置いておいて、二重の労働時間管理をする意味があるのか、という話なのです。

また、そもそも変形労働時間制というのは残業代を節約するための制度なのか、という根本的な疑問が残ります。

いずれにせよ、1年単位の変形労働時間制を利用している場合、これまでの慣習から勘違いで上限を超えてしまう可能性は否定できません。

 

変形労働時間制の扱いや週40時間を超えたところから時間外労働を数える労働安全衛生法基準の残業の考え方も、今回の労使合意では特に触れられていないので、今後どうなるかはわかりませんが、いずれにせよ今後の成り行きに注意が必要でしょう。

 

今日のあとがき

今回は、冒頭でも書いたとおり、結構、難易度高めの内容だったのではないでしょうか。

ただ、労働時間に関する上限の罰則化が厳密になると、このあたりの知識なしに労働時間管理って危なっかしくてできそうにないとは思います。

とはいえ、専門家でもない人たちが、今回の残業上限720時間に加え、労働基準法と労働安全衛生法の残業の違いや、所定労働時間と法定労働時間の違い、変形労働時間制についての横断的な知識を持てるか、というとそれは難しいと思います。

難しいってことは、知らず知らずのうちに法違反を犯してしまう可能性があるということなので、社労士の営業的に言うなら「社労士どうですか?」だし、それをなしにしていうなら「もう少し制度を簡単にしろ」と言いたいですね。

今回の記事が難しいと感じた方は、以下の記事を読んでもらえると、もう少し理解が深まるかもしれません。

「残業時間100時間」と微妙に違う「休憩時間を除き、1週間あたり40時間を超えて労働させた時間が一月あたり100時間」

適正な労働時間のための変形労働時間制 -変形労働時間制導入マニュアル

Q10 所定労働時間と法定労働時間の違いは何ですか?

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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