電通の過労死事件について、厚生労働省は電通およびその子会社に対する調査を開始しているようです。
電通に昨年8月、是正勧告=女性社員自殺前、長時間労働で-労基署
監督署の調査というのは、労働法に違反している会社やその経営者に罰を与えることを第一の目的としているわけではなく、企業が法違反していないかどうかをチェックしたり、違反している場合は法的拘束力のない指導や是正勧告により、会社の自主的な法令遵守を促すのが狙いです。
しかし、電通は過去に是正勧告を何度も受けていることや、世論感情なども踏まえると、通常の調査で行われる是正勧告・指導だけではどうにも済みそうになくて、書類送検が行われる可能性も高そうです。
調査については、こちらのページでいろいろとまとめているので、興味のある方、うちの会社ももしかしたら入られるかも、と思う方はそちらをご覧ください。
今回は、仮に書類送検され、さらに起訴され、おまけに有罪になった時の話。
簡単に言うと、労働基準法に違反した場合の罰則の話です。
この記事の目次
1. 労働基準法で最も重い罰則
労働基準法で最も重い罰則は「1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金」です。
この罰則が適用されるのは法5条「強制労働の禁止」に違反した場合のみ。
(強制労働の禁止)
第五条 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
3年(5年)を超える長期にわたる労働契約を結んだり、労働契約の不履行に対して損害賠償額を予定したりするなど、労働者の意思を不当に拘束することを言います。
個人的には、年功序列の賃金制度というのは「将来的に得られる給与を人質に、若いうちは安い給与でこき使う」ものなので、この「強制労働」に当てはまる気がしないでもないですが、年功序列の賃金制度によって、法5条違反を問われた事例はありません。
2. 一般的な違反に対する刑罰
最大で10年の懲役か300万円の罰金、という罰則が定められている労働基準法ですが、実は「強制労働」以外についての罰則は、
- 1年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 6か月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 30万円以下の罰金
上記のいずれかとなっていて、強制労働とそれ以外で非常に落差があります。
ちなみに、3つの中で一番重い、1の罰則に当てはまるのは「中間搾取の禁止(法6条)」「(働かせられる子どもの)最低年齢(法56条)」「(18歳未満の)坑内労働の禁止(第63条)」「(妊産婦の)坑内就業の制限(法64条の2)」の4つ。
つまり、それ以外の賃金の未払いとか違法な残業とかは、2か3となるわけです。
電通が書類送検された場合に問われる可能性の高い「労動時間」に関する違反だと「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が適用されるはずです。
3. 両罰規定
最後に両罰規定について。
労働基準法には両罰規定というものがあります。
これは、労働基準法に違反した者が、事業主のために行った代理人、使用人その他従業者である場合、違反行為をした者を罰するほか、事業主に対しても罰金刑を与えるというもの。
両罰規定で与えられるのは罰金刑だけなので、違反が「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」当たるものであっても、懲役刑の対象にはならず、30万円以下の罰金の方が対象になります。
ただし、事業主が違反を見て見ぬふりしていたり、是正に必要な措置を講じなかった場合、あるいは違反を教唆していた場合は、事業主も行為者であるとみなし懲役刑の対象になります。
一方、事業主が違反に対して十分な防止措置を取っていた場合は両罰規定の対象にはなりません。
4. 刑罰に抑止力はあるか
以上です。
以上ですが、今回の記事を見て労働法の量刑が軽すぎると思う人も多いでしょう。
ただ、量刑を重くすれば労働法違反はなくなるのかというと難しい問題で、立命館大学名誉教授の生田勝義は自身の論文で、道交法や児童誘引規制法などを例に「刑法による犯罪の一般的抑止効は極めて限られたものである」としており、慎重な対応が必要なのは間違いありません。
刑罰の一般的抑止力と刑法理論(生田勝義)(リンク先PDF)
正直、わたし自身も原稿の法律の量刑が、適正な量刑かどうかは判断がつきません。
また、量刑が重くなれば、その分、労働基準監督官も取り締まりを厳しくせざるを得なくなるので、監督官の数が増えないと労働環境の悪化というのも考えられます。
それはそれで、本末転倒と言えるでしょう。