労働者派遣

社員のために考えられた制度が会社に牙を剥く皮肉

2013年11月21日

15日の記事について若干補足です。

ゆれる派遣:3 無期雇用にも明と暗 6社目、得意分野に張り合い - 朝日新聞デジタル 

実はね、この記事まだまだアホな部分があるんですよ。

この記事の「暗」側の会社では労働者に派遣先を用意できない場合、自宅待機を命ずるか教育訓練を行うことになっていたようです。前者の場合は賃金の6割、後者の場合は8~9割の賃金を支払っていたようです。

しかし、リーマン・ショック後、労働者に派遣先を用意できない会社が、賃金の8~9割を支払うのは苦しい、できれば6割で、という経営者の気持ちが、当時の社長の「30歳以上に教育訓練をする考えはない」という言葉からも見え隠れしています。

これに対し、都の労働委員会は「適切な教育訓練を検討すべきだった」として待機命令を命じられた社員に対して差額を支払うよう会社に命じたそうです。

ふーん。

都の労働委員会にそんな権限ねえんすけどねえ。

言ってしまえばこれって未払賃金の支払い命令でしょ。そういう命令が出せるのはこの国では司法の場、つまり、裁判所だけです。例えば、交通事故があった時に現場に訪れるのは行政組織である警察ですけど、事故の損害賠償額を最終的に決定するのは裁判所でしょ。それと同じで、労働委員会ってのは行政の組織ですからね。 警察が損害賠償を○○円支払えなんて命令出したって話、誰か聞いたことあります?

まあ、「差額を支払うよう会社に命じた」とだけあるので、実際には是正勧告か何かを出したのを、この記事を書いた記者が「命じた」と表現したのかもしれませんけれど。一応言っておきますが、「命令」と「勧告」では法律的に意味がぜんぜん違いますのでそこんとこよろしく。

ただ、この労働委員会の判断は、司法の場に持ち込まれても同様の結果になる可能性もあります。

まず、自宅待機命令時の6割というのは、労働基準法でいうところの休業手当のことだと思うので、この点でこの会社は法律を守っていたことになります。

一方の教育訓練の方ですが、これはあくまで会社の自主的な給付です。この教育訓練が会社の命令で行われていたのか、それともあくまで社員の自主的な訓練に対して会社が手当として支払っていたのかがちょっとわかりません。

前者の場合、自宅待機か教育訓練受講命令を出すかは、あくまで会社の裁量です。ただし、就業規則や労働条件などにどちらを出すかの取り決めがあらかじめ定められている場合、会社はそのとおりにしないといけません。また、そうでない場合でも、ある労働者が自宅待機で、ある労働者が教育訓練といったような扱いをしている場合、選定に関しての合理性が要求されます。

この場合、「30歳以上だから」という年齢が理由となります。これが一概に不合理であると判断されるかはわかりませんが、仮にリーマンショック前などに他の30歳以上で教育訓練を受けた人などがいたという前例がある場合、裁判所はそうした前例が大好きなので認められない可能性が一気に高まるでしょう。

また、後者の場合、どんな訓練でも無条件というわけのはずはないから、就業規則になんらかの基準があるはずで、労働者がその基準を満たす限り支払わないわけにはいきません。

ただ、なんにしてもこのトラブルの大元は、そもそも「教育訓練を行う場合は8~9割の賃金を支払う」という規定が存在していたことです。自宅待機だけの規定しかなければこんなことにはなりようがなかった。会社が善意で法律の基準以上の扱いを労働者に与えていたのが返って仇となったわけです。

しかも、こうした規定は作るのは簡単ですが、なくすとなると「就業規則の不利益変更」となり労働者の合意が得られなければ簡単にはいきません。

それにしてもなんともやるせない話です。使用者が良かれと思ったことをやればやるほど損をするのですから。そのような法制度や判例の積み重なった国で労働者の労働条件が改善されるはずもありません。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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