労務管理

忘れられる権利と労務管理(前科・過去の犯罪歴編)

2016年8月15日

ちょっと間が空きましたが、こちらの記事に引き続いて、今回も忘れられる権利について。

忘れられる権利とは、ネット上に拡散してしまった、個人情報やプライバシーを侵害する情報、誹謗中傷などを削除してもらう権利を言います。

この忘れられる権利で問題になりやすいのがリベンジポルノと過去の犯罪歴であること、そして、リベンジポルノについては前回解説しました。

 

1. 忘れられる権利と過去の犯罪歴

忘れられる権利において過去の犯罪歴とリベンジポルノとの大きな違いは「知る権利」との衝突です。

リベンジポルノで「その画像を見る権利は(関係ない)俺達にもある」という主張は、常識的に考えて100%認められません。ていうか、バカだろそいつ、おまえが牢屋にいけ。

しかし、過去の犯罪歴となると、例えば、労働者を雇い入れる際には会社としては知っておきたい情報であることは間違いありません。

過去に横領の犯罪歴があるものを経理として雇ったり、窃盗の犯罪歴があるものを小売店で雇ったりしたくないのは、会社として当然の心理です。

では、会社としてそうした労働者が忘れて欲しいと思っていることを「知る」ことも、労働者の「忘れられる権利」を侵害することになってしまうのでしょうか。

 

2. 忘れられる権利とは「消去権」

忘れられる権利とはそもそも、ネット上に拡散してしまった、個人情報やプライバシーを侵害する情報、誹謗中傷などを「削除」してもらう権利を言います。

冒頭と同じ文章を持ってきて、わざわざ「削除」を強調したのは、この「削除」こそが忘れられる権利の肝だから。

「忘れられる」という言葉がそもそもの誤解のもとですが、忘れられる権利は、わたしたちが特定の誰かの行為を「忘れる」ことではありません。

あくまで、ネット上の情報を削除・消去してもらうことで、他の人に思い出させないようにしたり、そもそも過去のことを知らない人に知らせないようにするための権利なのです。

それもあり、忘れられる権利の発祥の地であるEUでは、現在、忘れられる権利は「消去権」という言葉を使うようになっています。

 

3. 忘れる義務があるわけではない

要するに、「忘れられる権利」はわたしたちに「忘れてあげる義務」があるのではなく、本人にとって望ましくない過去の情報を「消す権利」なわけです。

そして、その権利を行使されるのは、情報を発信しているサイトや、そうしたサイトを検索結果で表示するGoogleやYahoo!ということになります。

よって、会社としては、すでに消去権が行使されて消されている情報を知ろうとする、というのはあまり良いことではないかと思いますが、まだ、消されていない情報を知ることについてはそれほど問題とはならないのでは、というのがわたしの見解です。

「忘れられる権利」や「消去権」自体がまだまだ新しい、概念なので、今後、意味が変わっていく可能性はありますが現状、わたしはそう考えています。

 

4. 前科のある労働者への対処方法

さて、これまでのことを非常に乱暴にまとめると

「忘れられる権利だなんだろうが、会社としては知ってしまったのものはしょうがない」

ということになります。

では、「知ってしまった」前科などの情報を用いて、雇入れを拒否したり、すでに在籍している従業員を解雇することはできるのでしょうか。

 

雇入れの拒否

まず、雇入れの段階では、会社の採用の自由が広く認められる傾向があるため、拒否しても問題とはなりにくいです。

もちろん、雇入れの拒否の理由として「あなたには前科があるから」と直接伝えるのはNG。そもそも、会社には雇入れの拒否の理由を公表する義務がないので、そうしたことをする必要もなく、面接の結果、とか、書類選考の結果、ということにしておけばいいでしょう。

 

すでに在籍している従業員の解雇

一方、すでに在籍している従業員については慎重な対応が必要です。

入社の後に過去の犯罪歴を知る、ということは、その社員は入社時に過去の犯罪歴を隠していたことになり経歴詐称といえます。

しかし、経歴詐称で労働者を解雇できるのはそれが「重大な経歴詐称」である場合に限られます。

経理として入った人が横領の前科があるのにそれを隠していた場合は、重大といえるかもしれませんが、交通違反などの罰金刑を隠していたことが「重大な経歴詐称」とすることには無理があります。

また、すでに入社してある程度年月が経ち、業務もきちんと行えているとなると、過去の犯罪と業務の遂行には関連性がないと考えられ、解雇することは難しくなります。

 

5. まとめ

以上です。

会社として忘れられる権利の考え方は、

  1. 前科を気にするのであれば、採用前が大前提。
  2. この時点で、労働者が忘れられる権利を行使しているのであれば、深追いすべきではない

ということになります。

また、人手不足ということもあり、応募即採用、という会社も少なくないかもしれませんが、採用時ほど会社の自由が利く場もないので、ある程度は慎重になるべきでしょう。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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