同一労働同一賃金

「同一労働同一賃金」が「非正規の正規への転換」を促さない理由

2016年6月29日

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今回も参院選後の労務管理を見据えた話。参院選の各政党の労働の共通政策である以下の4つから、

「最低賃金、時給1000円」「非正規の正規への転換」「同一労働同一賃金」「インターバル」

今回は「非正規の正規への転換」と「同一労働同一賃金」の話をしたいと思います。

 

0.1. 同一労働同一賃金の達成により非正規から正規への転換を達成?

なぜ、2つ同時かというと、どの政党も、「同一労働同一賃金の達成により非正規から正規への転換を達成する」という流れで、政策を組み立てているから。

つまり、同一労働同一賃金が達成されれば、正規雇用の社員とほとんど同じ業務を行っている非正規社員の扱いは正規雇用と同じものにしないといけない、だから非正規から正規への転換が進む、とどこの政党も考えているわけです。

ただ、ことはそう単純ではありません。

たしかに労働契約の不利益変更は難しいので、同一労働同一賃金だからといって、非正規とほとんど同じ仕事をしている正社員を非正規にすることは難しいでしょう。

しかし、正社員とほとんど同じ業務を行っている非正規がいたとしても、厳密な意味で同一労働に従事していると判断できるか、その結果正社員になれるかというと、これもまた怪しい。

 

0.2. 「業務に伴う責任の程度」や「人材活用の仕組みや運用」で差

なぜなら、日本の正社員の場合、転勤があったり残業があったりするからです。

こうした「業務に伴う責任の程度」や「人材活用の仕組みや運用」によって、賃金に差を設けることは現在でも有効です。

パートタイマー労働法では同等の業務を行う通常労働者とパートタイマーの差別を禁止していますが、その判断は、行う業務の内容が同等かだけでなく、以下の様な「業務に伴う責任の程度」や「人材活用の仕組みや運用」によっても決まるとされています。

パートタイム労働法における「業務に伴う責任の程度」の考え方

  • 与えられている権限の範囲
    (単独で契約の締結が可能な金額の範囲、管理する部下の人数、決裁権限の範囲など)
  • 業務の成果について求められている役割
  • トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応の程度
  • ノルマなどの成果への期待度 など

パートタイム労働法における「人材活用の仕組みや運用」の考え方

  • 転勤の有無
  • 職務内容変更の有無
  • 配置変更の有無 など

 

つまり、業務に伴う責任の程度や人材活用の仕組みや運用によって、現在の年功的な賃金との整合性を取ることができれば、非正規雇用者を正規雇用にする必要は必ずしもないわけです。

限定正社員のような制度もまた、こうした整合性を取るには役立つはずです。

 

0.3. 企業はコストの掛かることは基本しない

では、企業は、

  1. 非正規を正規に転換する
  2. 業務に伴う責任の程度や人材活用の仕組みや運用によって整合性

どちらの方法で同一労働同一賃金を達成しようとするのでしょうか。

わたしは殆どの場合、2だと思っています。なぜなら、1だとわかりやすくコストがかかるから。法律を変えても、企業の総額の人件費は変わりません。

2の場合でも多少の人事制度や賃金制度の変更は必要でしょうが、非正規を正規にするコストに比べれば問題にはならないでしょう。

これは各政党がいくら同一労働同一賃金を謳い、法律を整えたとしても変わりません。

なぜなら、2のような方法を禁止することは難しいからです。

 

0.4. 監督署が同一労働同一賃金を強制することは不可能

例えば、同一労働同一賃金達成のために、法律を作成、あるいは今ある労働各法を改正して、労働基準監督官の権限を強めたとします。何かを禁止するには逮捕・送検の権限を持つ労働基準監督官の力が不可欠ですからね。

しかし、労働契約や賃金というのは私人間で結ぶものというのが前提であり、これに必要以上に労働基準監督官が介入することは「民事不介入の原則」に反します。

仮に、それでも労働基準監督官が事業所などに「同一労働同一賃金」が達成されているかを確かめるための調査に入ったとしても、せいぜい指導票を出すくらいしかできないでしょう。是正勧告だって出せるか怪しい。

なぜなら、「これは同一労働同一賃金だ、これは同一労働同一賃金ではない」という判断は、行政組織である労働基準監督署の権限ではなく、裁判所が持つ司法権に属する問題だからです。最低賃金や時間外労働のような判断が基準が単純なものとはわけが違うわけです。

そのような行政権の濫用を民事不介入の原則に違反しながらできるでしょうか?

つまり、労働基準法のように、労働基準監督署を実行部隊として、罰則を伴うような形で企業に強制することは難しいわけです。

となると、先ほど例に出したパートタイマー労働法のような「業務に伴う責任の程度や人材活用の仕組みや運用によって整合性」による同一労働同一賃金達成の道は残り続けることになるわけです。

 

0.5. わたしの考える同一労働同一賃金

以上です。

勘違いしてほしくないのは、わたし自身は同一労働同一賃金自体には大賛成、だということ。

ただし、わたしが考える同一労働同一賃金は、

  1. 非正規を正規に転換する
  2. 業務に伴う責任の程度や人材活用の仕組みや運用によって整合性

のどちらでもなく、乱暴な言い方をすれば

  • 正規と非正規の境をなくす

というもの。

どういうことかといえば、非正規の労働条件の低い理由は正規が大きすぎる既得権益を持っていることが最大の原因であり、それならば、正規と非正規の境を失くしてしまったほうが、いいと考えているわけです。

そのためには、法律の整備よりも、労働市場の流動化の方が大事で、そのためには解雇規制の緩和が必須だと考えていますが、達成は政治的にはなかなか難しいでしょう。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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