年金・健康保険制度

従業員の社会保険料の削減には労務管理上の弊害があるという話

2015年12月30日

前回の記事に引き続き、よくある社労士からの営業文句について。今回は、従業員の社会保険料の削減についてです。

 

0.1. 社会保険料の基本のお話

まず、社会保険料の基本的な話として、健康保険や厚生年金の社会保険料は、

標準報酬月額×社会保険料率

によって決まります。「給与×社会保険料率」でないところがポイントです。

標準報酬月額とは、保険料を計算したり、保険給付の額を決定するために用いられるもので、下記の表に労動者の給与を当てはめることによって決まります。例えば月の給与が25万5千円の場合、25万円以上27万円未満となるため、26万円の等級となります。

標準報酬月額表(愛知県となっていますが、県によって異なるのは健康保険の保険料率で、標準報酬月額表は全国共通です)(リンク先pdf)

この標準報酬月額表を上手く使えば社会保険料を低く抑える方法を想像するのはに難しくないのではないでしょうか。

例えば、月25万円の給与で26万円の等級となるより、月24万9千円の給与で24万円の等級にした方が、社会保険料も安くなるし、社員の手取りも多くなります。つまり、等級が上がるか上がらないかのギリギリで標準報酬月額を抑えればいいのです。

ただし、標準報酬月額が下がると、その労動者が将来もらえるはずだった年金額の方も下がってしまうことには留意して置かなければなりません。

 

0.2. 賞与を利用する?

上記のように、社員の社会保険料を節約するために標準報酬月額に気をつけることはある意味、社労士としては当たり前のことであり、なんら珍しい手段でも悪い手段でもありません。

一方で、社会保険料を引き下げるために賞与を利用する方法もあります。

社会保険料は賞与にもかかります。月々の給与のように標準報酬月額表はなく、基本的には支払った賞与に社会保険料率をかけます。

ただし、賞与の場合は保険料率がかかる賞与の額に上限があり、健康保険の場合は年間で540万円、厚生年金の場合一月150万円となっています。

そのため、厚生年金の場合、150万円を超える賞与を支払う場合、社会保険料の額は「150万円×社会保険料率」になることはありません。

これを利用すると、こんなことができます。

月30万円で、年1回の賞与が80万円の年収440万円の労動者Aがいたとします。この労動者の月々の給与を20万円に引き下げる代わりに、賞与の額を200万円に引き上げたのでAの年収自体に変化はありません。

この場合、賞与の額が厚生年金の上限に引っかかるため、差し引きで対象となる賃金が50万円、社会保険料の額で言うと労使で約8万円節約することができます。

 

0.3. 給与を社会保険料を下げるためのおもちゃにして良いのか?

ですが、こうした賃金の支払方をされて、労動者の方はどう思うでしょうか? もともと後者のような支払い方がされていならならまだしも、前者の方式からいきなり後者に変わったら? それでなくても、賞与というのはきちんと支払われるかどうかは不確定なところも多い。

正直、わたしは、多くの会社経営者や賃金コンサルタント、もちろん社労士もそうですが、そうした人たちがいかに労働者のモチベーションを高めると同時に、労動者の生産性や会社の生産性を高める賃金制度を生み出そうと頭を捻らせている中で、社会保険料のためだけに給与の支払い方法を変更する、というのにわたしは違和感があります。

社会保険を削減するために賞与を利用する方法は上記以外にもありますが、いずれにせよ、こうした安易な賃金の支払方を提案する社労士の神経を疑ってしまいます。

みなさんもこうした方法が、会社にとって本当に利益になるのか、考える必要があるでしょう。

 

そもそも、税金と違って項目による控除等が社会保険料にはほとんどないので、税金と同じような感覚でその額を削減をすることはできないし、あっと驚くような裏ワザもないのです。

 

※ 本記事は旧社会保険労務川嶋事務所(名古屋)ウェブサイトのコンテンツを再構成したものです。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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