労務管理

中小企業の問題はジョブ型雇用では解決しない。ジョブ型の前に中小企業が解決すべきこととは

2023年6月21日

今年6月に政府が公表した「骨太方針2023」には、やはりというか「ジョブ型」という言葉がありました。ここ数年、政府の労務関連の方針で「ジョブ型」や「ジョブ型雇用の推進」という言葉がない、ということはありません。

一応説明しておくと「ジョブ型雇用」とは、人ではなく職務を見て、その職務に応じた給与を支払う雇用形態をいいます。

それにしてもなぜ、政府は「ジョブ型雇用」への転換を執着するのでしょうか。

 

1. メンバーシップ型の問題点

そもそも、ジョブ型雇用というのは、海外では一般的な働き方とされています。なので、日本でもこうしたジョブ型雇用を推進していかないと、良い人材が日本により着かなくなり、グローバルでの競争において行かれるよ、というのがその論法の一つのようです。

こうした論法が嘘か誠かは置いておいても、確かにいわゆる「日本型雇用」、ジョブ型雇用と区別する際は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれたりしますが、いわゆる職務ではなく人を見て給与を支払う雇用形態に関しては、様々な問題があるのもまた事実です。

日本型雇用の特徴である年功序列・終身雇用により会社のメンバーとしての地位が保たれる一方、職務や勤務地は無制限で、その会社で労働者が得られる職業能力はその会社でしか使えない能力開発になってしまう傾向が強いですし、メンバーを守るための制度であるが故に解雇が難しいので、働かない高給取りを生んでしまう問題もあります。

また、新卒一括採用も日本型雇用の特徴ですが、その代わりに大企業では中途採用することが少ないので、新卒一括採用では入った会社を退職すると待遇が下がってしまったり、あるいは新卒での就職活動に失敗すると以降、自分の希望する会社に入れないといった問題があります。

結果、労働市場が硬直化して、社会全体の適材適所が上手く進まないという問題が生まれています。要するに、日本型雇用が就業した結果、日本全体の労働市場にまで影響を与えているわけです。

なので、メンバーシップ型ではなくジョブ型雇用に移行すべきだ、という論法もまたあったりしますが、これについても嘘か誠かは置いておきます。

なぜなら、上記のような論法がすべて正しかったとしても、それが当てはまるのはあくまで大企業だけだからです。

一方で、日本の会社の99%を占める中小企業にはジョブ型雇用は関係ない話だからです。はっきり言って、中小企業にはジョブ型雇用はいりません。

 

2. 中小企業はメンバーシップ型ですらない

なぜ、日本の中小企業にジョブ型雇用はいらないか、あるいは関係ないかといえば、そもそもジョブ型雇用への転換が叫ばれているのは、メンバーシップ型雇用の限界が見えているからです。だから、これをなんとかしたいと政府や大企業の経営者は考えているわけです。

しかし、そもそもの話、中小企業はメンバーシップ型なのかどうかすら怪しい。

企業規模が小さいところだと新卒一括採用どころか、毎年、新卒を採用できてる会社の方が珍しく、求人は中途採用が当たり前。

じゃあ、終身雇用かといえば、大企業よりも中小企業の方が離職率が高いのはみなさん周知の事実です。人が出たり入ったりする中で、たまたま長く残る人が出てくるだけです。

また、中小企業こそジョブ型だという人がたまにいますが、これはもうとんでもない勘違い。

中小企業では、会社が行う業務の幅が狭いので、事務と現場や事務と工場くらいでしか分かれてないだけです。実際、給与自体は行う職務で決める(職務給)のではなく、人を見て決めています(職能給)。

そして、大企業では少ない中途採用が中小企業では多いと書きましたが、この場合も、経験者は取れれば御の字、大抵は未経験の人を雇って、会社内で育てることになります。要するに、ジョブ型雇用が想定しているような、自分のスキル、腕一つで会社を渡り歩くなんてことにはなっていないわけです。

 

3. 中小企業の問題はメンバーシップ型が理由ではない

大企業のジョブ型雇用への転換推進は、言ってしまえば、メンバーシップ型で生じている閉塞感や成長の壁を打ち破るためのものです。

一方、中小企業が抱えている問題というのはメンバーシップ型だから生じてるわけではありません。

大企業と比べて商品・サービス、財務基盤や人材に難を抱えていたり、あるいは会社が社長の個人商店となってしまっていて社長の器以上に会社が大きくならなかったりと、メンバーシップ型とは別のところにボトルネックがあることがほとんどです。

それを「メンバーシップ型だからダメなんだ、これからはジョブ型にしよう」としたって上手くいくわけがない。

 

4. 中小企業は引き抜かれる側だ

また、ジョブ型雇用には、会社の内外での労働者同士の競争を活発化させる、という目的もあるようです。ただ、仮に大企業も中小企業も全部ジョブ型雇用になって、誰もが自分の腕一つで給与の高い会社に行ける社会になったとして、人材は中小企業に残るでしょうか。

つまり、中小企業が自らジョブ型雇用を導入するということは、大企業との人材の取り合い合戦に参入するということでもあるのです。

もちろん、モチベーションの高い労働者からすると頑張ればより給与の高い会社に行けるというのは決して悪いということはないでしょうが、中小企業からみたときに、本当にそれは良いことなのでしょうか?

 

5. 中小企業にはむしろメンバーシップ型

わたし自身は大企業がジョブ型になること自体は反対しません。新卒一括採用ですべてが決まる労働市場は非常にアンフェアだと思うからです。

一方で、中小企業にはジョブ型雇用なんていらない。むしろ、メンバーシップ型で人を囲い、人を育てることにこそ中小企業の生きる道があると考えます。

 

今日のあとがき

今日の内容はいつか書こう書こうと思って、ジョブ型に関連する本とかも一通り読んでようやく形になったものです。

中小企業とジョブ型雇用、あるいはメンバーシップ型については書きたいことはすべて書いたのでこれ以上あとがきで追記することはないですが、SNS等で感想等いただけると筆者は泣いて喜びます。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士(登録番号 第23130006号)。社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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