令和3年7月16日、厚生労働省より「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書が公表されました。
ここでいう「脳・心臓疾患の労災認定の基準」とは、いわゆる「過労死」などの過重労働を理由とする疾患に関する労災基準のことをいいます。
今回、新たにこの基準に関する報告書が公表されたことで、今後はこの報告書を元にした過労死等に関する労災認定基準が設けられることが予想されるため、今回はこの報告書の内容についてみていきたいと思います。
この記事の目次
1. 現行の過労死等の労災認定基準
今回の報告書の内容に入る前に、現行の脳・心臓疾患の労災認定基準についてみていきましょう。
実は「脳・心臓疾患」に関する労災基準は『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について』(平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)にて、「異常な出来事」「短期間の過重業務」「長期間の過重業務」の3つに分けた上で、それぞれ基準が設けられています。
このうち、一般に「過労死」や、その基準自体を「過労死ライン」と呼ばれているのが「長期間の過重業務」に関する基準となりますが、ここでは3つの基準全てについてみていきます。
1.1. 異常な出来事
まず、脳・心臓疾患の原因となり得る「異常な出来事」とは、以下のような出来事が発症前24時間以内に起こった場合をいいます。
- 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
- 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
- 急激で著しい作業環境の変化
上記に該当するかについては、以下の点を踏まえ検討を行います。
- 通常の業務遂行過程においては遭遇することがまれな事故又は災害等で、その程度が甚大であったか
- 気温の上昇又は低下等の作業環境の変化が急激で著しいものであったか等
1.2. 短期間の過重業務
短期間の過重業務とは、脳・心臓疾患の発症前おおむね1週間以内に「特に過重な業務」があった場合をいいます。
ここでいう「特に過重な業務」とは以下の通りです。
日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり、日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。ここでいう日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。
そして、その業務が「特に過重な業務」であったかどうかについては「業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断」するとしています。
また、短期間の過重業務と脳・心臓疾患発症との関連性は、時間的に近いほどその影響は強く、逆に発症から遡るほど関連性は希薄になるとされているため、発症前おおむね1週間以内とはあるものの、発症の前日はどうだったかや、その過重業務が発症前まで連続していたかなども考慮されます。
さらに、業務の過重性の具体的な評価に当たっては、当然、労働時間は考慮に入れられるのですが、次に説明する「長期間の過重業務」と違い、具体的な時間数は記載されていません。
そして、労働時間以外の負荷要因については以下のものについて考慮が行われます。
労働時間以外の負荷要因
- 不規則な勤務
- 拘束時間の長い勤務
- 出張の多い業務
- 交替制勤務・深夜勤務
- 作業環境
- 精神的緊張を伴う業務
1.3. 長期間の過重業務
長期間の過重業務とは脳・心臓疾患の発症前6か月以内に「特に過重な業務」な業務が合った場合をいいます。ここでいう、「特に過重な業務」等の考え方は基本的には「短期間の過重業務」とほぼ同じです。
一方で、長期間の過重業務については、以下の通り、世間一般でもよく知られている「過労死ライン」と呼ばれる労働時間に関する基準があります。
- 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
- 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる
そして、長期間の過重業務においても、短期間の過重業務で挙げたのとほぼ同様の「労働時間以外の負荷要因」も踏まえ、疲労の蓄積の観点からその関連性を十分検討することになります。
そのため、現在の「脳・心臓疾患」に対する労災認定に関しては、その「脳・心臓疾患」の「発症前1か月間におおむね100時間」または「2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える」時間外労働があったかや、上記のような負荷要因があったかどうかが基準とされています。
2. 「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書
ここからは、今回、公表された「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書についてみていきます。
まず、報告書では「業務による「長期間にわたる疲労の蓄積」と「発症に近接した時期の急性の負荷」が発症に影響を及ぼすとする現行基準の考え方は妥当」としています(なので、現行の基準を長々と説明しました)。
その上で、さらにもう少し、基準等を追加しようというのが報告書の立場のようです。
例えば、労働時間以外の負荷要因については、現行のものに加え「勤務間インターバルが短い勤務」「身体的負荷を伴う業務」についても追加することが適切としています。
また、「過労死ライン」のような明確な基準のない「異常な出来事」と「短期間の過重業務」については、より明確化、具体化を図ることが適切であるとしてます。
以下は、報告書のまとめ部分を抜粋したものですが、多くは、この記事で紹介した現行の通達と同じであることがわかります。
1 脳・心臓疾患の対象疾病として「重篤な心不全」を追加するとともに、解離性大動脈瘤については「大動脈解離」に表記を改めることが適切である。
2 脳・心臓疾患の発症に近接した時期における負荷のほか、長期間にわたる業務による疲労の蓄積が脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼすとする考え方は、現在の医学的知見に照らし是認できるものであり、この考え方に沿って策定された現行認定基準は、妥当性を持つ。
3 過重負荷の評価の基準となる労働者としては、引き続き、本人ではなく、同種労働者にとって、特に過重な業務であるかを判断の基準とすることが妥当であり、ここでいう同種労働者とは、「当該労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいい、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できるものを含む」とすることが適切である。
4 発症に近接した時期における業務による負荷については、現行認定基準のとおり、「異常な出来事」及び「短期間の過重業務」を評価することとし、「異常な来事」の具体的な内容についてより適切な表記に修正するとともに、「異常な出来事」及び「短期間の過重業務」について、その検討の視点や、業務と発症との関連性が強いと評価できる場合の例示を認定基準上明らかにすることにより、明確化、具体化を図ることが適切である。
5 「短期間の過重業務」及び「長期間の過重業務」において、業務による負荷要因としては、労働時間のほか、勤務時間の不規則性(拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務)、事業場外における移動を伴う業務(出張の多い業務、その他事業場外における移動を伴う業務)、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務及び作業環境(温度環境、騒音)の各要因について検討し、総合的に評価することが適切である。
6 長期間の過重業務の判断において、疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間に着目すると、①発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働(おおむね 100 時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合、②発症前2か月間ないし6か月間にわたって、著しいと認められる長時間労働(1か月当たりおおむね 80 時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合には、業務と発症との関連性が強いと判断される。
7 また、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね 45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と発症との関連性が弱く、1か月当たりおおむね 45 時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると判断される。
8 さらに、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準には至らないがこれに近い時間外労働が認められ、これに加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できる。
3. まとめ
以上です。
現状は報告書が出てきた、という段階なので、すぐに基準が変わるというわけではないと思いますが、近い将来、脳・心臓疾患に関する労災基準がかわるであろうことは、頭の片隅に入れておいてもいいのかなと思います。
『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について』(平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)(リンク先PDF 出典:厚生労働省)
脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(リンク先PDF 出典:厚生労働省)
「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」報告書の概要(リンク先PDF 出典:厚生労働省)