今年の4月から施行された改正高年齢者雇用安定法にしっかり対応した新刊、発売中です!
上記の本の一番のテーマは、定年後再雇用者の労務管理として今現在もよく行われている「定年再雇用を機に賃金を大きく引き下げる」という労務管理についてです。
これまでは、60歳で定年再雇用で賃金を大きく引き下げられても、年金もあるし高年齢雇用継続給付もあるしで、減った分の賃金もそれなりに補填されていました。
しかし、皆さんご存じの通り、2013年度以降(助成は2018年度以降)、年金の支給年齢は徐々に引き上げられている上、高年齢雇用継続給付についても、将来的な縮小・廃止が決まっています。
そのため、「定年再雇用を機に賃金を大きく引き下げる」とうい労務管理には限界が来ており対応が必要だ、というのが上記の本の趣旨となっています(詳しくは是非、本の方をお買い求めください。Kindle版ならすぐに読めます)。
この記事の目次
1. 政府は「定年再雇用を機に賃金を大きく引き下げる」労務管理をやめさせたい
さて、はっきり言ってしまうと、行政側は「定年再雇用を機に賃金を大きく引き下げる」という労務管理を企業にやめさせたいと思っています。
日本政府は昔から、社会保障の機能の一部を会社に肩代わりさせようとする傾向にありますが、令和2年通常国会の改正内容もそういった部分が見え隠れしており、在職老齢年金の60歳台前半と後半の制度統一なんかも、その一つだとわたしは思っています(これらの改正の詳しい解説はこちらから)。
また、高年齢雇用継続給付の縮小・廃止もそうした動きの一つですが、こちらについては昔、かなりの長文でその意図を、わたしの主観込み込みで解説しています。
ただ、高年齢雇用継続給付が実際に縮小されるのは令和7年から。廃止に至っては令和12年予定とまだまだ先です。
それもあってか、厚生労働省は今年度より「高年齢労働者処遇改善促進助成金」というものを創設しました。
こちらの「高年齢労働者処遇改善促進助成金」がどういったものかというと、簡単に言うと「高年齢雇用継続給付をもらうのをやめる会社(つまり、60歳から64歳の高年齢労働者の賃金を引き上げる会社)」に高年齢雇用継続給付でもらえるはずだった給付額の一部を助成するものとなっています。
より詳しく見ていきましょう。
2. 高年齢労働者処遇改善促進助成金の支給要件①
2.1. 高年齢労働者の賃金改定
まず、その会社が「高年齢雇用継続給付をもらうのをやめた」かどうかの判断は、高年齢労働者に適用される賃金に関する規定または賃金テーブル(賃金規定等)が改定されているかで判断します。
もちろん、単に改定されているだけではダメで、改定した上で、
A「賃金規定等改定の措置に基づき増額された賃金が支払われた日の属する月前6か月間に算定対象労働者が受給した増額改定前の賃金の額で算定した高年齢雇用継続基本給付金の総額」
が、
B「賃金規定等を増額改定後、各支給対象期において当該算定対象労働者が受給した増額改定後の賃金の額で算定した高年齢雇用継続基本給付金の総額」
95%以上減少している必要があります。
ちなみに、上のAとB、これ厚生労働省のリーフレットの書き方まんま。
何言ってるかわからん、と思った方、わたしも最初読んだとき頭に?が4つくらい浮かんだのでご安心を。とにかく行政の作る文書は固い。岩おこしより固い。
2.2. 高年齢労働者の賃金改定の要件をよりかみ砕く
そんな岩おこしを一つ一つかみ砕いて解説していくと、まず、先ほども言ったようにこの助成金では賃金規定等を改定し、高年齢労働者の賃金を引き上げることが大前提となっています。
そして、比較するのは、この賃金規定等の改定前と改定後の高年齢雇用継続給付の額(賃金額でないことに注意)。
賃金規定等の改定前の6か月間というのは基本的には高年齢雇用継続給付がもらえていたはずで、一方、賃金規定等を改定した後は高年齢労働者の賃金が引き上げられているので、高年齢雇用継続給付はもらえなくなっているはずです。
そして、この賃金規定等の改定前と改定後の高年齢雇用継続給付の金額を比較して、改定後の給付額が改定前の95%以上減となっていればいいわけです。
なので、改定後の高年齢雇用継続給付の額が0円である必要はないのですが、95%以上の減少ってそれほぼ0だよね、という話。
ちなみに、この95%以上減、という数字は一人一人ではなく、この助成金の対象となる高年齢労働者全体でみます。
つまり、この助成金の対象となる高年齢労働者全員の高年齢雇用継続給付の総額が、改定前から改定後で95%以上減少しているかどうかを見るのです。
3. 高年齢労働者処遇改善促進助成金の支給要件②
賃金改定以外の支給要件もあります。
- 増額改定前の賃金規定等を6か月以上運用していた事業主であること
- 就業規則や労働協約により、増額改定後の賃金規定を6か月以上運用している
- 支給申請日において増額改定後の賃金規定等を継続して運用している
賃金改定の要件に比べれば、いずれも難しい部分はありませんね。
本助成金は、賃金改定前6か月間の高年齢雇用継続給付の総額と、賃金改定後の支給対象期ごとの高年齢雇用継続給付総額を比較するので、賃金規定等の改定前と改定後、それぞれ6か月以上の期間が必要となります。ちなみに、本助成金の支給対象期は6か月ごととなっています。
4. 支給対象労働者
次に本助成金の支給対象となる支給対象労働者について。
本助成金は、事前に計画書を出し、支給条件を満たした後に助成金の請求をすることになります。
本助成金の計画書には、この助成金の対象となる高年齢労働者を記載する必要があります。
逆にいうと、この計画書に名前のない労働者に関しては助成金の対象とはならないわけです。
では、この計画書に名前の書く必要のある労働者(算定対象労働者)とは誰かというと、助成金の申請をする事業所において高年齢雇用継続基本給付金を受給しているすべての労働者がそれにあたります。
ただし、以下のものについては除外対象者となり、除外されます。
- 支給申請日に既に離職している者
- 支給対象期の末月の前月までに高年齢雇用継続基本給付金の支給が終了した者
- 賃金規定等の改定を行った事業所の事業主または取締役の3親等以内の親族
- 60歳到達時賃金月額が前職の賃金月額で登録されている中途採用者で事業主の判断により算定対象労働者から除外した者
- 任意指定除外者
加えて、支給対象労働者は「支給申請日において、継続して支給対象事業主に雇用されている者」「増額改定した賃金規定等を適用されている者」である必要もあります。
5. 高年齢労働者処遇改善促進助成金の支給額と支給申請回数
高年齢労働者処遇改善促進助成金の支給額は
A「賃金規定等改定の措置に基づき増額された賃金が支払われた日の属する月前6か月間に算定対象労働者が受給した増額改定前の賃金の額で算定した高年齢雇用継続基本給付金の総額」
から、
B「賃金規定等を増額改定後、各支給対象期において当該算定対象労働者が受給した増額改定後の賃金の額で算定した高年齢雇用継続基本給付金の総額」
引いた額に対して、以下の割合を乗じた額となります(100円未満の端数切り捨て)。
中小企業 | 大企業 | |
令和3年度、令和4年度 | 5分の4 | 3分の2 |
令和5年度、令和6年度 | 3分の2 | 2分の1 |
ちなみに、上記のAとB、どっかで見たことあるなあ、と思った人、それは間違ってません。賃金改定要件(95%減がどうとかというやつ)で見た文章そのまんまです。
5.1. 支給申請回数
また、支給申請回数は中小企業・大企業問わずは4期(4回)まで。
1期は6か月間なので、期間は2年間となります。
6. その他
支給対象労働者のところでも触れましたが、本助成金は事前の計画書の提出が必須なので、ご注意ください。
また、助成金の支給額の計算からもわかるとおり本助成金は、賃金規定等の改定によって、引き上げられた賃金額を補填するものではありません。あくまで、賃金規定等の改定によってもらえなくなった高年齢雇用継続給付の一部を、会社の助成金として補填するものとなっている点には注意です。
そして、賃金改定前から高年齢雇用継続給付をもらっている人が対象であるため、賃金規定等の改定後に高年齢雇用継続給付をもらうようになった人も本助成金の対象とはなりません。つまり、支給申請の期間中、助成金の対象となる高年齢労働者は減ることはあっても増えることはないのです。
助成金のさらに詳しい情報や、申請様式については、以下の厚生労働省のサイトをご確認ください。
7. この助成金、ぶっちゃけあり?
では、この助成金、ぶっちゃけありかなしかでいうと、個人的にはまあまあ、あり。
再三宣伝しているわたしの本でも解説しているとおり、「定年を機に賃金を大きく引き下げる」という労務管理は今後、ますます難しくなっていく上、労働人口がどんどん減少している日本では、高齢労働者もきちんと活用していかないと行けないわけです。
そうした中で、定年後に賃金を大きく引き下げるのではなく、多少は減らすにしても高年齢雇用継続給付に頼らない程度の賃金は維持する、というのであれば、本助成金を活用するのは全然有りだと思います。
逆に、単に助成金が欲しいから、という目的の場合は全くお勧めできません。
助成金をもらった後に、一度引き上げた定年後再雇用者の賃金を引き下げることはほぼ不可能だからです。
8. 助成金の額をシミュレートしてみた
最後に、試しに、本助成金の額を以下のようにシミュレートしてみました。
定年・再雇用を機に賃金を定年前の60%という運用をしている会社の場合、高年齢雇用継続給付は引き下げ後の賃金額の15%(割合は引き下げ後の賃金が増えると逓減する)です。
なので、60歳到達時賃金が30万円で、定年再雇用後の賃金が18万円の労働者の場合、高年齢雇用継続給付の額は27,000円。
そして、本助成金がもらえるよう賃金を引き上げた場合(中小企業、令和3年・令和4年)、これの5分の4なので21,600円が助成金の支給額となります。
ちなみに、高年齢雇用継続給付がもらえなくなるのは60歳到達時賃金と比較して、60歳以降の引き下げ後の賃金が75%以上の場合。
そして、この労働者の定年再雇用後の賃金を60歳到達時賃金の75%とする場合、実際の賃金額は225,000円。
「225,000-180,000=45,000円」の賃上げとなり、そのうちの21,600円が助成金で補填されるわけです。
今日のあとがき
前回に引き続き、今回の内容も定年後再雇用者に関わることながら、わたしの新刊「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」で書かれてない内容です。
ただ、前回のとは事情が違って、こちらは本当に入れる気がなかった。
助成金の内容って毎年めまぐるしく変わるので、基本的には入れたくないのです。